3.何でも大好き和子ちゃん

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3.何でも大好き和子ちゃん

 民宿に戻った和子は、受付に置いてあったこの町のガイドブックを手にした。  何かこの町の記憶を取り戻すきっかけになるものはないだろうか。  幼い頃の記憶だから、多少薄れているのはしょうがないとはしても、こんなに極端に思い出せないと言うのは普通ではないはずだ。  蛇腹折りのガイドブックを広げながら民宿を出ると、ガヤガヤとした声が後ろから追いかけてきた。 「あっ!ホントだ!和子だ!」 「おい、待てよ!お前、泉和子やろ!」 「何でも大好き和子ちゃん、でしょ?」  振り向くと同年代の男子が3人と、女子が2人の計5人が、何やらこちらを期待するような瞳で見つめていた。 「え、と・・・・・・そう、だけど」 「やっぱり!」  そう言うとその子達は、親しげに和子の回りをぐるりと取り囲んだ。  目の大きな、髪の長い女子がグイグイと近寄ってくる。 「武夫のお母さんがね、この民宿で働きよってね、和子ちゃんが戻ってきたって教えてくれて。いやあ、久しぶりやねえ!ちょうど10年ぶり?でも和子ちゃん、相変わらずおかっぱやし、雰囲気もそのまんまやけん、すぐ分かったよ!」 「そ、そう・・・・・・」  10年ぶりで変わってないって・・・・・・今も子供っぽいってことを暗に言われているのか・・・・・・けれどまあ、要するに、この子達は昔、この町で仲良くしていた幼馴染みなのだろう。  和子のノリの悪さに、彼らは明らかにがっかりしたようだった。 「なんだ、お前。もしかして俺らのことすっかり忘れちまったわけ」 「あ・・・・・・う、うん。ごめん、実は・・・・・・」 「はあ~?」 「でもさあ、まあ昔っから和子は忘れ物多かったもんな!しょっちゅう体操着とか宿題とか忘れて、先生に怒られとったやん」 「はは。そうそう!そうやった、そうやった!」  5人が声を上げて思い出話に花を咲かせているのを見て、和子はとりあえず作り笑いを浮かべてはいたが、目は笑っていなかった。  忘れ物が多いのと記憶がないのは一緒じゃないだろーと思いつつ、結論アホということで話が収まっていくことに我ながら憐れを感じる。  しゅん、と肩を落とす和子に気づき、5人は顔を見合わせると、ならばと励ますように自己紹介を始めた。  リーダー格の体格のいい赤ら顔の少年が武夫。  その補佐役と言うか、話に合いの手を入れてくるちょっと細身のタレ目の子が万次郎。  その二人に金魚の糞じゃないけど、3人目の兄弟のようにくっついてニコニコしているのが小柄な弘也。  大きな目をキラキラさせている髪の長い活発な女子が千恵美。  その横で穏やかに、口に手を当てて微笑んでいるふっくらした容姿の子が有希だ。  5人は御船崎高校に通っていて、弘也を除いて皆3年生、和子と同い年ということが分かった。弘也は1つ下の2年生だ。  そして話題は、もう一人の幼馴染みの話へと移っていった。 「お前、そんで・・・・・・まさかとは思うが、暁のことも、覚えとらんのか」 「・・・・・・・・・・・」 「ええーーーー!あんなにベッタリやったのに!」  申し訳なさげに瞳を落とした和子に、5人は驚いた様子で眉を潜め、再び顔を見合わせた。 「引っ越し後、手紙書いても返事がなくて・・・・・・和子ちゃんのお母さんから、記憶喪失になったからどうのって話は、うちのお母さんから聞いとったんやけど・・・・・・」  暁のことさえ覚えていないというのは、記憶障害とでも言わんばかりな感じだった。  沈黙が数秒続いた後、千恵美が和子をフォローするように言った。 「でも、忘れて良かったのかもよ。暁くんのことは・・・・・・暁くん、もう昔の暁くんじゃないもん。あたしクラス一緒やけどさ、なんか近寄りがたいしさ、気軽に声をかけられる雰囲気じゃなかとさね・・・・・・それはまあ、あの事件、あの、先生とのことを聞いてから特に、やけど」  事件、と言う言葉を千恵美が発した途端に、皆の空気が更に重くなった。  やはりこの小さな町では、あの事件、出来事と言うのは、とても破廉恥で大胆な衝撃的ニュースだったのだろう。  しかもその生徒と言うのが昔から知っている幼馴染みだとしたなら尚更、ショックは大きかったに違いない。 「暁は趣味が悪い。それか、金に目が眩んだんや」 「暁くんはそんな人じゃないよ・・・・・・」 「じゃ、あの金城のどこがよかとや」 「それは・・・・・・本人にしか分からんとこがあるとやろうさ。あたし達には分からん、なんか、どっか、良いとこが」  武夫と千恵美が結論の出ない口喧嘩をし始め、その険悪なムードを断ち切るべく、今度は有希が、和子の持っているガイドブックに注目して話を切り替えた。 「和子ちゃんは昼前にここに着いたばっかりやろ。何泊かすると?どこか行く予定とかあると?」  ほんわかとした有希の喋り口調に少しホッとする。 「ああ、うん。その・・・・・・記憶、思い出探しにね、来たんだけど・・・・・・えっと、頑張って3泊かな」 「そっかあ。自分探しの旅みたいなもんやね。でも、この田舎であと2日も何する?どっかよかとこあるかなあ。なあんも、面白いとことかなかもんねえ」
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