3.何でも大好き和子ちゃん

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 有希の言葉を受けて、その背後から万次郎が顔を出す。ガイドブックを見て残念そうに目を閉じ、首を振る。 「この時期はイベントも何もなかぞ。名所って言うたら、そこにも載っとる天使の洞窟やけど、行ったって何もない。昔、子どもの頃は・・・・・・洞窟前の広場で俺らも遊びよったけど、それもボール持っていったりして、グラウンド扱いやったもんな」 「天使の洞窟?」 「何十年も前にな、天使が現れたって、一時期有名になったらしい。でもなあ、今じゃもうただの洞窟。昔はそういう超常現象好きのオカルトマニアの観光客が結構来てたらしいけどな。天使じゃなくてお化けだったっちゃないかって、うちの婆ちゃんは言いよったぞ」  そう言いながら万次郎は舌を出し、古典的なお化けのポーズをとったので、一同はゲラゲラと笑った。  重い空気が少し晴れた、と和子も釣られて笑顔を見せた。 「で?その洞窟ってどこにあるの?」 「金城の屋敷に行く道の、ちょっと手前や。右手前かな。観光案内っぽい汚れた標識があるけど。岩場に続いていく方。けどなあ、あんまり行かん方がいいかもしれんぞ。婆ちゃん曰く、その天使を見た子ども2人のうち、1人はその後すぐに死んだし、もう1人もそれから頭がおかしくなったって」 「その子どもって・・・・・・もしかしてまだこの町に?」  和子の質問に、万次郎は首を竦めた。  代わりに、正直者で知っていることは全て話してしまうタイプの武夫がしゃしゃり出てくる。 「金城のじいさんだよ」 「金城・・・・・・」 「ここからやと少ししか見えんけど、あの岬の方に変な家があるんや。それを作ったじいさんやけど、あれを見たら分かる。尋常じゃないって。あれは、その、誰が見ても、ヤバい。んで、じいさん当人も、同等に、ヤバい」  金城。  和子は先程行って戻ってきたばかりの、あの奇妙な建物のことを思い出した。  あの屋敷の主人が、洞窟で天使を見た子どもだった、と言うことか。  その時ちら、と和子の足元を見た有希が、「うわっ」と小さな悲鳴を上げた。 「わ、和子ちゃん。あ、足!」  その声に釣られて、全員が下に首を曲げた。  和子が履いているサンダルは所々破損し、しかも泥だらけになっている。指の付け根や踵は、見るからに痛々しく、赤い。  武夫が訝しげに質問した。 「お前、どこ行って来たんや」  万次郎も同様に顔をしかめる。 「まさか、この足でここに旅行に来たわけじゃないやろう。今日、既にもうどっかに行ってきたんか」 「あ、うん。実は、その、岬の・・・・・・例の、屋敷に」 「えっ」  5人の顔が同時に固まった。   皆、困惑の表情を隠せない。  和子は慌てて、ごまかすように言葉を足した。 「民宿の窓から奇妙な建物が見えたから・・・・・・それで気になって行ってみただけだよ。でも門を叩いたりもしてない。そのずっと手前で引き返してきたから・・・・・・」 「暁に会ったとやろ」  武夫がボソリと、何もかもお見通しと言った風に呟いた。  核心を突かれて、和子は自分の顔が火を吹くように赤くなるのを感じた。 「う、うん」 「やっぱり!お前な・・・・・・」 「で、でも!はっきり『帰れ』って言われて、追い返されちゃったんだ。他には殆ど何も・・・・・・会話らしい会話もしてない。幼馴染みらしい話とか、聞きたいことはいろいろあったんだけど・・・・・・出来なかった」  淋しそうに笑う和子を見て、5人は気の毒そうな顔をし、ため息をついた。  同情の声が聴こえてくるようだ。 『記憶がないと言えど、結婚まで誓っていた幼馴染みだ。ニュースを見て、その真偽を確かめに来たんだろう。やはり暁のことだけは、少しは覚えているのだ。けれど今の暁に取り合ってもらえるはずもない。可哀想に、せっかく来たけれど、現実はどうしようもない。どうにも変えられないのだ・・・・・・』  まるで元カレに未練タラタラのストーカー女が、無駄骨に終わる旅をしている、とでも言われているようだ。    和子は何とも言えない気まずさを感じ、この場から1秒でも早く離れたいと思った。 「じゃ、じゃあちょっと、あたし他にもいろいろ、見て回りたいとこあるから・・・・・・」  軽く会釈をし、和子は5人に背を向けるとそそくさと歩き出した。  遠くなっていく後ろで、5人は顔を見合わせて何事かを話し合っているようだったが、その内容まではもう耳に届かなかった。  和子は1人になりたいと思った。  これ程の無力感、孤独感と言ったらなかった。  みんなといると、自分が分からなくなって、それを責められているような気になって、情けなさで心がいっぱいになっていく。  逃げていると思われない程度に、和子は歩く速度を速めた。  なのにその気持ちとは裏腹に、和子の後を追ってくるものがいた。  全速力で近づいてくる長髪の少女、千恵美だ。  邪険にすることも出来ず、和子は努めて穏やかに振り返った。  和子が足を停めたことに安心して、千恵美は少し上がった息を抑えるように胸に手を当て、そして歩調を落として微笑んだ。 「ごめん、あたし、和子ちゃんに、ずっと御礼・・・・・・言ってなかったもん、だから・・・・・・」 「御礼?」  和子には全く心当たりがなかった。  千恵美は恥ずかしそうに俯きつつ、言葉を紡いだ。 「あのね、えっと・・・・・・和子ちゃんは覚えとらんかもしれんけど、『何でも大好き和子ちゃん』って、言われよったやろ。それで、それは何でかって言うとね、その頃の和子ちゃんの口癖が、『何でも好きになっちゃえばいい』って・・・・・・それが元なんやけど、それは、覚えとる?」 2b4e3b16-98a5-471e-ae7a-14a5c46900c4
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