安息日

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 「ひっ」  小さな悲鳴を上げてしまったエリィを誰も咎められないだろう。ドアを開けたらドアに寄りかかるようにして「うう」と呻いている人が居たのだから。  「だ、誰?」  エリィは問いかけながらも、匂いを嗅ぎ取っていた。油絵の具の匂い。そして、黒い髪の毛。よくよく見れば色が飛び散ったシャツを着ている。ーー左隣の男性である。  「ええと、確か……。トーマ?」  そんな名前だった気がするが、間違っていたら申し訳ない。男性は視線を彷徨わせながらも、エリィに気付いたのか、口を開閉させて何か言う。エリィは聞こえず、その口元に耳を寄せた。  「み……ず」  み……ず? エリィは首を傾げる。みず? 水? 飲み物か! と理解すれば、部屋に置いてあった水差しからコップに水を入れた。それをトーマの口に持っていき、そっとコップを傾ける。口から少し溢れたが、どうやら飲めたみたいで、コップが口から離れた途端に、ホッと息を吐き出した。  「大丈夫ですか?」  「あ……あ。エリィ……だっけ。ありがとう」  ……の言葉が最後まで聞こえるより早く、盛大なお腹の音が聞こえた。  「もしかして……お腹空いてます?」  いや、もしかしなくてもお腹が空いているだろう、自己主張の激しい音だったが、エリィは確認した。  「だい、じょうぶだ。1日くらい」  「1日? 1日食べてないんですか⁉︎」  エリィは目を剥く。エリィだって1日2食取らない日は辛いのに、1日食べていないなんて、有り得ない! とエリィは叫びたくなった。  「……多分?」  「多分ってなんですか!」  エリィの剣幕にちょっと意識が確りしたのか、目を丸くしているトーマ。  「ええと」  「今日は安息日ですよ!」  「安息日? ああ、日曜日か」  しまった! とエリィは顰め面になった。安息日という言い方は、貴族のもので、普通、平民は日曜日という言い方をする。エリィが元貴族だという事がバレてしまうと、厄介だ。  しかし、トーマはそこまで頭が回らなかったのか、何も言わない。
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