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ついと、龍笛の音色が途絶えた。
そして、境内に連なる楠の方角から、颯爽と琉煌が歩いてきて、神楽殿に上りその隅に座った。
左手には龍笛を携えてー。
その場にいる参列者達の間に、さざ波のように困惑が広がった。
奉納舞が始まろうとしていることに気付き、ざわつき始めた。
叔母が、琉煌の傍に寄って行き、事情を聴こうとしたその時、今度は家の方角から、浄衣を纏った巴也が走ってきた。
巴也は神楽殿の前で一礼すると上り、琉煌を見つけると申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん、装束を着るのに戸惑った」
琉煌は、怒る風でもなく小さく微笑んだ。
巴也を見た村人の数人が、慌てて席を離れ帰り始めた。
留まるか帰るか迷いの生じた村人ー主に崇龍会の人達は、互いにどうすべきかを話し、中には止めに入ると言い出した者もいたが、結局、ほとんどの者が事の成り行きを見届けようと、そのまま居続けた。
初顔の参列者達は、ただ起きるがままを興味本位に受け止め、記者らだけは、話題になるネタが掴めるかもしれないと目を輝かせた。
巴也は、叔母の方へと歩いていった。
叔母は、状況が分からないといった様子で巴也の言葉を待った。
「いきなりで、すみません。全ては、僕が責任を負います。剣の舞をやります」
叔母は唖然としたが、巴也の装束を見て目の色を変えた。
「これはー…?!」
「さっき、お祖父さんが渡してくれたんです」
装束は、祖父が用意していたものだった。
不思議な事に、あれから巴也が家に戻ると、部屋の前に祖父がいて、これ着れ、と軽く笑って、装束一式を差し出した。
稽古時に着用していた着物に袴と違い、浄衣で特別な代物なのか、軽く、白地に銀糸の刺繍が施された年代物の清美なものだった。
叔母は、目にしたことのない、いつ作られたかも分からない、祖父が保管し続けていた男物の舞用の衣装を見て、祖父が巴也に託したいものの重みを感じた。
叔母は、祖父がいる方へと目をやった。
祖父は、参列者側の一番手前の端の席で、いつもと変わらない朗らかな表情で大人しく座っていた。
それとは対照的に、祖父の隣の席の会長は、険しい顔つきで、ざわつく周囲の様子を耳で確かめながら、頭を抱えていた。
叔母は、祖父と会長、2人の真逆の顔つきに厳しいものを浮かべながら、無言で、巴也の浄衣の袖括りの紐を絞り左右繋いで、襷がけのようにした。
「…こちらの方が、動きやすいわ」
巴也は、明るく答えた。
「ありがとう!」
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