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境界の先に
見たことのない、とても美しい光景だった。
足元には雲海が広がり、見渡す限り果てない空間には、幾つもの虹の柱がそびえ、時折、連なった彩光が空間を流れるように行き来していた。どこからか、朗らかな笑い声や話声が音楽のように聞こえ、春風のような優しい風が頬を撫でていった。
一点の曇りもない、この壮大で眩い景色は、幸福しか知らない者達だけの天の国に見えた。
ーここは…?
ふわっと、巴也の体が浮いた。
体が羽のように軽く、飛ぼうと思えば飛べそうだった。
ふと、前方に、今、最も会いたい存在が立っていた。
琉煌だ。
巴也は、これ以上無いくらいに早く琉煌の傍に駆け寄った。
彼の姿は、葵生が幼い時に見た、銀髪に碧い瞳だった。
「琉煌ー、邪気はどうなった?祓うことはできた?」
琉煌は、清々しい表情で巴也に向き合った。
「ああ、だが、むちゃをする」
巴也も笑う。
琉煌は銀髪を靡かせながら、周囲を見渡した。
「お前が舞って、世界は晴れた。この景色のような世界に、人は一歩近づいただろうー」
巴也も目を細めて、眩しそうに目の前の世界を眺めた。
「うんー、良かったー…」
風が心地よかった。
時折、風に含む芳しい花の香が鼻を擽る。
琉煌が、宝石のような碧い瞳で語った。
「遠い昔の話だー。とても清らかな子供がいた。純粋で無邪気で、なぜか彼女には私の光の姿が見えていた。そして、私を見かけては話しかけ、遊び相手にしようと懸命だった」
巴也は、恥ずかしくなった。
葵生が子供の頃の話だろう。光に包まれている綺麗な琉煌の姿を見つけると、一緒にいたくて、遊んでほしくて、日が暮れるまでずっと彼の傍を離れなかった。
琉煌は懐かしむように、切れ長の目を細めた。
「私も、次第に彼女といるのが楽しくなっていた。彼女が大人になり私の姿が見えなくなっても、ずっと見守りたい存在になったー」
琉煌は、包み込むような温かい眼差しを巴也に向ける。
「ー元のお前に戻ったな。もう大丈夫だ」
ふと、琉煌の姿が薄れたような気がした。
巴也は、なぜか不安を感じ、繋ぎ止めるように早口になった。
「これからは頻繁に、都会と神社を行き来しようと思うんだ。僕は何年も村を離れていたから、神社以外の場所も見てみたいんだ。あ、そうだ、君が都会に遊びに来るのもいいかもしれない、人が多いけど観光地は多いから、少しは君も楽しめるかもしれないよ。ーいや、あの、何でもいいんだ、君が望むことならー。僕は、また、君に会えさえすればいいからー」
琉煌は静かに巴也を見つめて、そっと、手を差し出した。
「右手をー」
巴也は、言われるままに右手を出し、差し出された琉煌の手の上に重ねた。
琉煌は、その手を強く握った。
琉煌はどこまでも優しい眼差しで、巴也を眩し気に見つめた。
「弱そうに見えるが、本当は純粋で真っすぐで、芯の強いお前の魂が、俺は、愛おしかったー。また…会おうー」
巴也は、今までに味わったことの無い幸福感に、目が潤んだ。
「うんー、僕も昔から、君の事が本当に好きでー大好きなんだ!うん、絶対、会おう、約束だよ!」
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