D-3

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翌朝、晃司がベッドから出ていく気配がした。隣の部屋の二人が動き出した気配もしたから、その頃二人は帰っていき、晃司が見送った――もしくは昨夜の迷惑行為について苦情を言ったのだろう。 玄関かキッチンで三人が話す声が聞こえた気もしたが、大輔は頭と体が重くて起き出せず、二人を見送ることはできなかった。 そのまま眠る、というより意識を手放すように再び目を閉じた。晃司が大輔の様子を見にきたのはわかったが、その時も起きられなかった。 こんな状態になったのは、本当に久しぶりだ。何年ではなく、十年以上ぶりだろう。頭と体が重くて、朝になっても布団から出られない。子供の頃に何度かそうなった大輔を、母はお寝坊さんだと笑った。呆れながらもどこか楽しそうに笑う母には、どうしても真実を話せなかった。 大輔には、性的なトラウマがある。小学校低学年の時、兄が通っていた剣道場の師範に性的虐待を受ける現場を目撃した。 まだ子供の大輔は、兄がなにをされているのかは理解できなかった。しかし、兄が苦しんでいること、その行為が異常なことはわかった。兄は両親に隠れて、大輔と使っていた二段ベッドで夜中にたびたび泣いた。 あの汚い男は、夕暮れの剣道場で兄を虐待した。卑劣なことをしているくせに、耐える兄に――いい子だ、と何度も囁いた。 あのおぞましい、低い声を今でも覚えている。兄は何度もイヤだと訴えたのに――。 頭が重く痛み、体がだるい。大輔は薄い肌掛けにくるまって丸まった。晃司がそばにいないと、まだ夏が終わったばかりなのに布団が寒く感じられた。 「……大輔、起きてるのか」 寝室の戸が静かに開いて、晃司が戻ってきた。心配そうな声に申し訳なくなる。今日はいわゆるデートに出かける予定だった。二人で買い物に行こうと話していたのだ。 「……ごめんなさい、俺、今日は出掛けられそうにないです。晃司さん、秋物のコートが欲しいって言ってたのに……」 晃司に謝りたいのに、布団から顔を出すのも億劫だった。右手だけ、布団から差し出す。 ベッドの端に腰を下ろした晃司が、力なく差し出された大輔の右手を優しく握った。 「そんなの、いつでもいいよ。今日はうちでダラダラしてようぜ」 「……頭ではわかってるんです」 大輔は唐突に、胸の内を語り出した。晃司の優しい声が、いつも大輔を素直に――正直にしてくれる。
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