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「井上さんと、ちょっと言い合いになっちゃって……その勢いで、つい喋っちゃったんです。ごめんなさい、勝手に香さんの過去を井上さんに話してしまいました」
大輔はテーブルに額がつくほど頭を下げた。可愛いつむじを見下ろしながら、香は千切りキャベツをゆっくり咀嚼して飲み込んだ。油を吸ったキャベツだけで胸やけしそうで、冷めた唐揚げは食べる気がなくなった。
「別に……大輔くんが謝ることじゃないよ」
「でも……」
「だって大輔くんが嘘吐いたわけじゃないし、事実を話しただけだからね。それに……同じことを大分前に俺もしでかしてるし」
強がりでも、可愛い大輔の前で恰好つけたわけでもない。いずれ知られるだろうとは心のどこかで思っていた。刑事を恋人に持つということは、恋人に秘密を持てないということなのだ。
だから香は、ついに来たか、という諦めの気持ちしかなかった。
「そうですけど、俺が余計なことしたせいで、二人が気まずくなったら……。俺が全面的に悪いんです。忙しくてそんな時間ないかもしれないけど、井上さんに早めにフォローしてあげてください。俺が言うなって感じですけど、井上さん、傷つけちゃったから……」
井上を傷つけたのは、大輔ではない。香の心が弱いせいだ。
弱い香は辛い時、そばにいる優しい男にすぐに頼りたくなってしまう。それが高校時代から仲良くしていた先輩で、香が知る中でもっとも心優しい男でも、自分の傷を軽くするためなら平気で利用する卑劣な人間――それが香だ。
「大輔くんは……大人だね。稜のことも俺のことも気にかけてくれて。それこそ俺が言うなって話だけど、大輔くんはもう……平気なの?」
「正直言うと、全然平気じゃないです。俺は……香さんも晃司さんも大好きだから」
大輔は困ったように笑った。
「でも、二人のことは俺が晃司さんと出会う前のことだし、そんな過去のことで晃司さんと喧嘩したり、ましてや別れたりしたくないんです。俺もう、晃司さんなしじゃ生きられない。だから……頑張って忘れるようにしてるんです。晃司さんを失うよりは、そっちの方が辛くないから」
香よりずっと年下で、恋愛経験だって乏しいはずの大輔は、逞しくそう言い切った。香にはその堂々とした姿が眩しいほどだった。
「先輩が……羨ましいな。大輔くんにそんなに愛されて」
そう言うと、大輔は可愛らしく真っ赤になった。
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