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北荒間が長い口髭店長は、デキる新オーナーを腹の底からは信用していないらしい。もっとも、北荒間でそう簡単に人を信じては痛い目を見るのが常だ。
「店長、景成会が絡む話については……俺らから捜一に挙げておく。あんたからは伊藤の人となり、交友関係について知ってることを話してくれ」
「ああ……それは助かる。あんたら以外のケーサツにうちと景成会の話をするのは気が引けるからね」
景成会と北荒間の繋がりはS県警内において、公然の秘密、暗黙の了解とされるものだ。捜査一課の井上たちもハッキリとは聞きにくい話だろう。だから井上も、北荒間と曖昧な関係を築く荒間署生安課の大輔に調べてほしいと頼んできたのだ。
そして話を聞かせてくれた口髭店長も、景成会との関係性を警察にアレコレ聞かれるのは都合が悪いので、井上たちにはここまでスラスラと話してはくれない。こんな風に素直に答えてくれるのは、荒間署生安課との間に信頼関係があるからだ。
大輔は晃司の機転に感心した。店長が話しにくいことは自分たちが伝えると約束することで、晃司は今また、口髭店長の信頼を強くした。生安課二年目の大輔も、少し考えれば思い至ることだが、これほど素早く機転を利かせられない。二年目になっても晃司から学ぶことばかりだ。
晃司は適当に、大輔は丁寧に礼を述べ、ストロベリー・バスを出た。署に向かって歩き始めてすぐ、晃司が大輔を振り返る。
「大輔、今の話すぐに井上に教えてやれ」
「はい。……あ、でも晃司さんの方が井上さんと親しいし、晃司さんから伝えてもらっても」
「バーカ、お友達とおしゃべりしたい年でもねぇよ。お前、捜一行きたいんだろ? せいぜい井上に使えるとこ見せとけ」
また、晃司の頭の回転の良さを見せつけられた。感心するとともに、感謝の思いが溢れる。
「ありがとうございます。でも……」
夢を叶えたい、と強く願うのに、ふいに寂しさを覚えた。
「捜一に行っちゃったら、晃司さんとは別の職場になっちゃうし、毎日は会えなくなっちゃいますね」
事件が起きるたび、こうして晃司と二人で立ち向かってきた。二人で北荒間を駆け回った。
しかし、大輔の夢が叶ったら――二人で事件と向き合うことはなくなる。
大輔はうつむき、磨いてはいるが傷の多い革靴のつま先を見つめた。晃司が小さく笑ったのが聞こえ、顔を上げる。
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