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K-2
香は、井上の運転する車の助手席にいた。
狭い車内で二人きり。なのにちっとも――楽しくない。いくら大好きな男とのドライブでも、殺人事件の関係者に会いにいくのだから楽しいわけはないし、浮かれている場合でもない。
しかもドライブ中に部下や上司、それ以外にも頻繁に電話が入り、隣の男と話している暇もない。三係の直属の部下――篠塚巡査部長との通話を終えると、機を窺っていた井上が香を呼んだ。
「……ヅカさんたち、今からガイシャの恋人のところですか?」
「そうです。……ヤクザに会いに行く方じゃなくてよかった、て嬉しそうにしてましたけど……あれは、魅力的な風俗嬢に会えるのを喜んでる感じですね」
「マジすか……呆れますね。被害者の恋人、ですよ? 俺はそっちの方が話聞くの辛いですよ。……かといって、ヤクザに会うのもおっかないですけどね」
香は呆れて笑った。捜査一課の刑事ともあろう者が情けないことを言うので。
香と井上は、大輔たちが得てきた情報を元に、被害者――伊藤祥太が勤めていた風俗店のオーナーを訪ねるところだった。店の女性従業員に手を出してはならないというルールを破った伊藤を、オーナーが殺人という手段で罰したのではないか、という疑惑を追及するためだ。
ストロベリー・バスのオーナーが、景成会の構成員であることは大輔から聞いている。ヤクザがペナルティに暴力を用いるのは常套手段で、現時点での伊藤殺害の動機の最有力候補に挙がっている。
「でも俺……景成会の奴らがルール違反した黒服を殺したっての、イマイチ腑に落ちないんですけどね。罰としてボコボコにするのはよくあるだろうけど、殺すまでしますかね? しかも住宅街近くの公園で……背後から一刺しって、罰にしてはぬるくないですか?」
運転席の井上がハンドルの先の景色を睨み、不満げに零した。井上は、伊藤祥太を殺害した犯人が景成会の組員だという推理に最初から異を唱えている。香は少し考え込んだ。
井上の言うことも一理ある。伊藤は自宅アパート近くの市民公園で殺害された。致命傷は背後からなにかの刃物で刺された傷で、出血多量が死因だ。他に目立った外傷はなく、傷は深いが発見が早ければ助かった可能性のある傷だった。
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