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もし景成会の組員が伊藤に罰を与えるつもりだったら、もっとたくさんの傷があってもおかしくない。脅しや罰なら痛めつけることが目的だろうが、伊藤の殺され方は殺害自体が目的のように見える。
香は窓に肘をつき、正面を見据えて話し出した。
「携帯と財布がなくなってましたけど……」
「強盗目的? も、わざとらしいですよね。死んだ人に悪いけど、伊藤は金持ってそうには見えませんよ。はした金欲しさに誰でもよかったなら、狙いやすい高齢者や女性を襲うでしょ」
井上の言うことはいちいちもっともだ。しかし、それでもわずかな可能性を見過ごすわけにはいかない。
「いつもの作業じゃないですか、一つ一つ潰していくのは。そもそも、まだ他に目ぼしい容疑者は挙がってませんからね、一人でも挙がってきたらちゃんと調べないと。それとも……本当にヤクザにビビッてるんですか?」
「そりゃぁ怖いですよ、ヤクザは。……にしても、こんなに簡単に刑事(おれら)がヤクザと会う段取りつけられるって……ちょっとどうなんですかね」
事件の関係者に暴力団関係者がいると、多くの場合は非常に厄介なことになる。ヤクザが警察に協力的になるはずがないからだ。警察がヤクザから話を聞き出すことは、普通なら難しい。
香たちが景成会の構成員に会えるのは、『彼ら』のお陰だ。
「元々、荒間署の生安課は景成会と……あまり世間には知られたくない関係でしたけど、堂本巡査が来てからはますます蜜月ですね。なんといっても、景成会の大幹部のお気に入りですから、彼は」
「組対四課の大塚さんが、最近本気で大輔を欲しがってるみたいですよ。大輔がいれば景成会にぶっといパイプができますもんね。どうします、大輔、四課に取られちゃったら」
運転席の井上が、チラッと視線を寄越す。意地悪な笑顔は、いつもながら本心が読めず、香は口ごもった。
「……別に、どうでもいいですよ」
「本当ですか? ……あ、最近は年上の色男とイイ感じだから、年下の童貞は興味ないんですかね?」
聞きようによってはキツい嫌みだが、井上の口調はただ面白がっている。本気で嫉妬しているのではなく、からかって遊んでいるつもりなのだろう。
香は少し腹が立った。嫉妬されてもされなくても気に入らないのだから、香も中々面倒くさい男だ。
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