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香は部下たちへ指示を出し、各所からの連絡を受け、仕事に追われて井上の存在も頭の中から遠くなっていた。それだけでなく、自分が夕食をとり損ね、休憩も何時間もとっていないことも忘れていた。
仕事のこと、事件解決のことだけを考えながら、会議室に作られた自席で書類の束に素早く目を通していく。自分では気づいていないが、疲れた顔をした香のもとに、篠塚がやって来る。
「管理官」
呼ばれてはじめて、香は篠塚が戻ってきていたことを知った。
「おかえりなさい。どうでした、浅井は映ってましたか?」
篠塚には、伊藤が刺された公園付近の防犯カメラ映像を調べさせていた。あるマンションの防犯カメラで、公園に向かったと思われる伊藤本人の姿は確認している。その映像に伊藤を追いかける浅井も映っていれば、有力な証拠になる。
しかし篠塚は悔しそうに首を横に振った。
「例のマンションの防犯カメラには、浅井は映ってませんでした。けど、伊藤のアパートからあの公園までは、他にもルートがあるんで、そっちの防犯カメラに映ってないか調べてます」
「そうですか。では、引き続き公園近くの防犯カメラ映像の解析を頼みます。……他になにか?」
報告を終えたはずなのに、篠塚はまだなにか言いたげだった。篠塚は、香の机の書類の束をジッと見ている。
「管理官……夕飯の弁当、食べてないんじゃないですか?」
篠塚が見下ろす書類の束の下には、夕食で捜査員に配られた弁当が放置されていた。そのことを、篠塚に指摘されて思い出す。
「ああ……そうでした。バタバタしてたので」
「俺、しばらくここにいるんで、管理官は飯食ってきたらどうです? 飯も食ってないぐらいだから、休憩もまともにとってないでしょ。ここじゃ落ち着かないから、一階の休憩室に行ってきてください」
「そんな……悪いですよ。育ち盛りでもないんだし、一食ぐらい抜いても平気です」
「とか言ってですね、ヒルさんだけじゃなく管理官にまで戦線離脱されたら、俺たちももちません。どうぞ、休んできてください」
香が係長代理を兼任する三係は、比留田(ひるた)という刑事が病気療養で長期休暇を取っている。有能な係長だった比留田を欠いたのは、三係だけでなく捜査一課全体にとって痛手だった。
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