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自分が比留田ほど役に立っているか自信はないが、いないよりはマシなはずだ。篠塚の言うことはもっともで、香は大人しく部下の進言を聞くことにした。
「そうですね。もう若くないからこそ、無理はいけませんね。じゃあ……食事してくるんでニ十分ほど開けます。その間、ここをよろしくお願いします」
「ニ十分といわず、一時間でも休んできてください。明日からさらに忙しくなりますから」
さすがに一時間も休む気はないが、篠塚の心遣いに素直に感謝し、香は弁当を持って会議室を離れた。小さいながら、飲み物やパンの自販機がある休憩室は一階にある。会議室は五階にあるので、下に降りるためにエレベーターホールに向かった。
「管理官」
そこで、思いも寄らぬ人物に呼び止められる。というより――忘れていた男に。
「だい……堂本巡査、まだ残ってたんですか」
井上と浅井の張り込みをしていた大輔は、井上を荒間署の車で送ってきてくれた。とっくに帰ったと思っていたが、帰っていいと指示を出していなかったことを思い出す。
「ごめん、忙しくて言い忘れてました。もう帰ってもいいですよ。手伝ってもらえることもないので」
「あ、いえ、それは井上さんに言われてたんで……残ってたのは俺の都合というか……管理官にお話が」
大輔が神妙に話すので、それどころではないと追い返すこともできず、香は彼を連れて一階の休憩室に向かった。
深夜の休憩室は明かりも消えて、当然無人だった。自分たちが座るスペースだけ明かりをつけ、香は長テーブルで大輔と向かい合って座った。飲み物を買うのを忘れたと思っていると、大輔が気づいて自販機へ向かってくれた。大輔は緑茶のペットボトルを二本買ってきて香に渡すと、緊張した様子で座り直した。
「……ごめん、時間ないから食べながら聞くね、それで、どうしたの?」
香は弁当を開けながら訊ねた。大輔は言いにくそうにしていたが、香が忙しいことは重々承知しているので、すぐに用件に入った。
「あの……まず、謝ります。ごめんなさい、俺、井上さんに話しちゃいました。……晃司さんと香さんのこと」
唐揚げの油をたっぷり吸ったキャベツの千切りを頬張った香は、そのまま固まった。なんのことか、と訊ねることはしなかった。
大輔が苦しそうにしている。彼にそんな顔をさせるのは、小野寺と犯した、たった一夜の過ちのこと以外にありえない。
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