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「んん~、ここじゃなんだから……今度、俺とも食事に行ってくれないか?」
「……はぁあ?」
警務部部長室に呼びつけられた挙句、くだらない冗談を言われた香は上司相手とは思えない横柄な態度になった。吉田が動揺することなどないが――。
「なんなら井上くんと三人で行かないか? 北海道旅行の予習を兼ねて、カニでも食いに行こう。お前、毛ガニ派だっけ? あ、タラバか香が好きなのは」
「カニは大好きですけど、まだ時期じゃないでしょ。……て、絶対に部長とは行きませんけど」
「冷たいこと言うなって。ま、カニは食べるのが面倒だから重要な話をする時には向いてないな」
「重要な話、ですか?」
「その顔、信じてないな? 本当に重要な話なんだって。来年の人事のことなんだから」
重要、と言いながら吉田は胡散臭い笑顔だった。香は困惑した。
「……人事って、一課のことなら課長や……刑事部長を通していただかないと」
「そりゃあ捜一の人事をお前に相談したりしないよ。そんなことしたらまた刑事部の奴らに噛みつかれる。……警察庁(うち)の話だよ。つまり、俺とお前の」
ついに来た――香は急に緊張した。警察庁からの出向である香は、いずれS県警を離れる。もう四年以上いるのだから、異動は来年でもおかしくなかった。
「とうとう俺も異動ですか? 次はどこに行かされるんでしょう? それとも、久しぶりにサツチョウに戻れるんですかね」
「そういう込み入った話をしたいから、食事に行こうって誘ってるんだよ。お前だって、気になるだろ? 異動先によっては、大好きな恋人と離れ離れになっちゃうんだから」
香の異動の話に井上を絡めてくる意図をはかりかね、香は顔をしかめた。
「それは……部長には関係ないです」
「関係なくないよ。可愛い香に寂しい思いをさせたくないからな」
吉田がニコリと笑い、香の肩がカクッと落ちる。吉田といると、緊張したり呆れたり忙しい。
「あの……最近はお暇なんですか? とうとう出世レースから脱落したんですね。部長の同期は優秀な方が何人もいらっしゃいますもんね」
「おいおいおい、俺は同期では一番だよ。お前もよく知ってるだろ? 暇なんかじゃないさ、元カレの今カレが気になって仕方ないだけだ」
「え……そもそも、付き合ってましたっけ? 俺と部長」
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