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「……一体、なにがあったんでしょう。あの黒服……この前会ったばかりなのに」 大輔は速足で歩きながら隣の晃司に訊ねた。 井上から調べて欲しいと頼まれた殺人事件の被害者は、先日一緒に婦人科医院に行った『ストロベリー・バス』の男性従業員だった。伊藤祥太(いとうしょうた)、二十三歳――彼の名前と年齢は、井上の電話で初めて知った。 「北荒間の黒服だ、なんか色々事情があったんだろうが……刺殺とは穏やかじゃないな」 晃司も動揺しているようだった。たった数日前に会った若い男性の死は、警察官であっても衝撃的だ。 それだけ話して、大輔も晃司も無言になった。そのまま言葉を交わさずたどり着いた『ストロベリー・バス』は、北荒間でも最古参の店で、北荒間に二店舗しかないソープ店の一つだ。 数か月前までは営業しているのか不明なほどボロボロの外観で、店内も平成を飛び越して昭和な雰囲気のまま、染みついた煙草の匂いでむせそうなほど汚かった。しかし現在は、店外店内ともリフォームされて、すっかりきれいになった。 変わったのは店の見た目だけではない。数か月前までは若い女性や容姿の整った女性は一人も働いておらず、誰がこの店を利用するのかと大輔でも不思議に思うぐらいだった。当然店の経営は傾き続け、近いうちに潰れてしまうのだろうと北荒間の者の多くが考えていた。 だが、店が新装開店したのと同時に、女性従業員もガラリと変わった。他の街のソープ店で人気のある女性たちを大量に引き抜いてきて、女性従業員は年齢も容姿も様変わりした。それらの結果、店の経営は右肩上がりになった。 老舗ソープ店が大胆な経営転換を行ったのは、オーナーが変わったからだ。そのオーナーも北荒間を取り仕切る、県内最大の指定暴力団『景成会』が、北荒間の不採算店を立て直すためにどこかから引き抜いてきた男だという。その男の経営戦略が当たり、北荒間で潰れかけた昭和なソープ店が息を吹き返した。 北荒間の中心から外れた通りの角に立つ、こじんまりとした店がストロベリー・バスだ。数か月前まで、ボロボロの店の前には昼間から口髭をたくわえた高齢のベテラン店長が立ち、細々と客引きをしていた。
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