2,誰かが作った僕らの日々

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2,誰かが作った僕らの日々

気持ちの整理なんてできる訳がないじゃないか。 何で皆そんな風に笑ってられる? 何でもう彼女は思い出なんだ。 そろそろ自分の生活に目を向けろって? そんなこと出来るわけないじゃないか。少なくとも今の僕には。 できない。 今日で妻が亡くなってから百日が経った。七七日の法要ぶりに親戚が家に集まり、百箇日法要が行われた。 百箇日法要は卒哭忌とも呼ばれ、この日から残された者達は泣くのを止め現実の生活に目を向ける様になるらしい。 たったの百日で? ついこの間彼女が亡くなってしまったことを受け入れられたばかりだというのに泣くのを止めろなんて。 今日集まってくれた親戚達にも、そろそろ前を向いて自分の生活をしなければ妻を悲しませるだけで、彼女も安心して静かに休めないだろうと言われた。僕もそれは分かってる。僕がしっかり生活している姿を見せることが、僕に出来る彼女への一番の供養であり、それは僕自身のためにもなると。頭ではよくよく分かってるんだ。でも頭で分かってるだけで、心では全然わからない。彼女が亡くなった日で止まったまま動こうとしないのだ。 全部風がいけないんだ。どこからともなく吹いてくる風がいろいろなにおいを乗せて、鮮明な彼女を僕のもとに連れてくるんだ。 笑った顔も怒った顔も、風が吹けば僕の目の前にパッと映し出される。まるで本当に彼女がいるように。 他の皆には見えないかもしれないけど僕ははっきりと貴方が見えるから、とてもじゃないが僕一人の生活なんて出来ない。僕は貴方から離れられない。今も柔らかな微笑みを浮かべ朱鷺色のカーディガンを着た貴方の写真が飾られた仏壇の前から動けずにいる。 何時間もじっとしている間に辺りはもう真っ暗になったが、電気はつけない。 貴方の顔なら笑顔、怒り顔、泣いてる顔どんな顔でもすぐに目の前に映し出せるから写真なんて見なくてもいい。 ……いや、見なくていいんじゃないか、見えない方がいいんだ。 今貴方の顔がハッキリ見えたら僕はもう……。 きちんと閉めきられていない障子の隙間から風がスッとどこかの家の夕食の匂いを連れ込んだ。 ……秋刀魚か、よりによって秋刀魚か さっきまでギリギリ涙は流さず耐えていた。でももうムリだ。 月明かりが痛い。今日は中秋の名月だそうだ。 月の光に照らされて彼女の顔がハッキリと見えてしまった。 その瞬間僕は―
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