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「欠けただけなら今の印材のまま表面を削って直せるかもしれないですよ。まあ欠け方次第によりますけど」
リビングまで上げてもらって失礼な言い方だが、実印を買ってもらわないと儲けが出ない。
実印は鑑定書がつく。これを高値で売りつけたいのだ。
要は『認印で欠けてるだけなら街の印鑑屋に行ってくれ』という意味だ。
ちなみに俺は「鈴木」なので認印くらいならその辺で売っている。
名前のほうが珍しいかもしれない。キラキラネームで「颯真」。
「これなんだけど」
有加利さんが欠けた印鑑を持ってきた。
自分が所有するマンションに住んでいるこの男は家でも何故かいつでも外に出られる格好をしていた。
「ああ‥これは」
がっつり欠けていた。
「修理するとしても短くなりますねえ。確かに買ったほうがいいかな」
「手が震えて落としたらこんなに欠けた。だからまだ書類に押していないんだ。急いでいるんだけど、いつ出来上がるかな」
「普通なら1週間はお時間いただきますが、なんとか4日くらいで出来上がるよう頼んでみます。でも認印を象牙なんて珍しいですね」
「悪い?」
人当たりのいい笑顔を浮かべていた男が急に豹変した。
その瞳が突き刺さって俺はゾクっとする。
着ているスーツが濡れるんじゃないかと思うくらい冷や汗をかいた。
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