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「随分、震えてんじゃねぇか。手伝ってやろうか?」
「ヒッ……!」
唐突に耳元へ張りのある若い声音が落ちて、ウェルズは飛び上がった。
自分を追い掛けて来た相手がすぐ背後にいるというのに、開錠作業を続けていられるほど、彼の神経は図太くない。
扉の前から、先刻までの走る速度からは考えられないような機敏さで飛び退き、背後の相手から少しでも遠ざかろうと再び足を動かした。
しかし、残念なことに、五メートルほどでそこは行き止まりの袋小路になっている。
「くっ……くっ、来るなっ!」
それでもウェルズは、背中を行き止まりの壁に貼り付けるようにして後退ろうとする。
彼を憐れむように眺めているのは、ひどく整った容貌の持ち主だった。
切れ上がった目元に縁取られた瞳は、明るい場所で見れば深い青色をしているのが分かっただろう。綺麗に通った鼻筋と、薄く引き締まった唇は、逆卵形の輪郭の中に品良く収まっていた。
どちらかと言えば女性寄りに整った容姿と言える。
超絶美少女、と言ってもおかしくないが、十代半ばの年齢にしては小柄な体躯の相手は、立派な少年だ。
極上の黒真珠の色合いの、やや長い髪の毛で覆われている頭部に、黒のジャケットとボトムという出で立ちが、路地裏の薄暗さとも相俟って、その美貌の少年を濃い影のように演出している。
ウェルズの自宅ドアの前に立っていた少年が、流れるような動きで扉を離れ、足を踏み出した。さながら、獲物を追い詰める豹のように優雅な動きだ。
そんな美しき『豹』に迫られる『獲物』は堪らない。下がる場所などないのに、ウェルズは壁へ、懸命に背を押し付ける。
「かっ……か、勘弁してくれ! 何でもするから! 何が望みだ!? 金か? 謝罪か!?」
十代半ばの少年を相手に、大の大人が情けない話だが、その表情は恐怖としか言い様のない色に塗り固められ、脂汗が流れている。やや脂肪を蓄えた腹部がブルブルと震えているのが、嫌でも分かった。
「謝罪?」
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