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その日の夜、再び激しく雪が降りはじめた。老夫婦がいろりを囲んで夕食をとっていると、とつぜん山小屋の扉を叩く音が響き渡った。お爺さんが扉を開けると、そこにはまるで性格俳優のような、脂ぎった富士額の男が立っていた。
男は開口一番、「マッチでぇーす!」と元気よく名乗りをあげた。続いて目の前のお爺さんを「久米さん」と呼び、奥にいるお婆さんに「くぅろやなぎさぁぁーん!」と強く呼びかけて驚かせた。お爺さんもお婆さんもそんな苗字ではなかったし、あとで確認したところによると、男の名前も「マッチ」とはかすりもしない名前であるようだった。
男は山道に迷ってしまったので、ひと晩泊めてほしいと老夫婦に事情を説明した。老夫婦は、この大雪の中をこれ以上歩き続けては死んでしまうと思い、男を泊めてやることにした。
その日から、男はまるで実の息子のごとく、かいがいしく老夫婦の世話を焼いた。男はよく老夫婦に晩ご飯を作ってやったが、メニューはなぜかいつもおでんと決まっていた。
男はまだできたての熱いおでんを、必ず煮えたぎる鍋から直接食べたがるので、そのたびにお婆さんから「まだ熱いよ!」と注意を受けた。それでも男はおでんをそのまま口内に投入し、「熱い!」と叫んでは、ちくわぶやらこんにゃくやらを口から勢いよく飛び出させるのだった。
「ほらほら、だから言わんこっちゃない」老夫婦は顔を見合わせて笑った。これをやると老夫婦は必ず笑ってくれるので、男はこれを他人を喜ばせるための芸として、あえてやっているのかもしれなかった。
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