1人が本棚に入れています
本棚に追加
朝になると、部屋から出てきた男の両手に、真っ赤なボクシンググローブがはめられていた。男はそれらを取りはずしながら、お爺さんに言った。
「街へ出てこれを売ってお金に換えてください。いくらかにはなると思います」
その日の夕方、街から帰ってきたお爺さんは、たいそう喜んでいた。男が製作したボクシンググローブが、驚くほどの高値で売れたのである。その報告を聞いた男は、「鬼ぃ~、鬼ぃ~」と、なぜか鬼をリングサイドから応援するような叫び声をあげた。それがいったいどのような感情を示す声であるのか、老夫婦には見当もつかなかった。
しかし男はそれにすぐさま飽きた様子で、とつぜん何かを思いついたように次の願いを口にした。
「街で筆と墨と硯と和紙を買ってきてもらえませんか?」
リクエストが急に増えたことに少々面食らったものの、翌日お爺さんが筆と墨と硯と和紙を買ってきてやると、男はまた夜中に部屋へ籠もり、次の日には立派な水墨画が出来あがった。お爺さんは言われたとおり、それを街で売って換金した。
するとまた、今度は、
「街で半紙を買ってきてもらえませんか?」
と男はお爺さんに発注した。お爺さんはすっかり慣れた調子で承知すると、街へ半紙を買いに行き、それを男に渡し、次の日の朝にはなんだかわからないが雰囲気のある毛筆の書を受け取った。
最初のコメントを投稿しよう!