化けて出るから

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 坂口は酔うと口調が荒っぽくなるタイプだった。 「どうして連絡先も交換しなかったんだ。あの子、気があるように見えたぜ」  赤く染まった顔。酒のせいか、瞼が重そうになっている。乱暴になるのは言葉だけで、大声になったり、暴力を振るったりはしない。  柳瀬は彼の言葉には答えず、グラスの中の氷をカチカチと鳴らした。合コン帰りに立ち寄ったバーの照明は柔らかく、オレンジの光が数個の氷の中で乱反射しているのが、柳瀬の細い眼に映った。横顔は無表情とも、寂しげとも受け取れる。 「言ったろ?彼女をつくる気はないって」 「亡くなった恋人に義理立てか?もう一年だ。そろそろ、次の道を歩き始めたっていいときだろう?」 「俺はそんなに義理堅くはないさ。ただ、気分じゃないってだけでね」  また、氷を鳴らした。焦れったそうに、坂口がウイスキーを呷る。 「そう言うと思ってたけどよ。少しは、期待してたんだ。前は、誘ったって来てくれなかったから」  声は萎み、最後の方は空気の揺れのようにしか感じられなかった。 「……ありがとよ、ダチ公」  人数合わせのために呼ばれた合コンだった。適当な態度で柳瀬はやり過ごしていたが、終わり際、向かいに座っていた女の子がスマホを手に、何か言いたげな顔を柳瀬に向けてきた。それに気づかないふりをしていると、女の子はスマホを引っ込めた。  何と言ってやればいいのかは、すぐに分かった。  だが、自分が何と言いたいのか、それは最後まで分からなかった。 「ほら、帰るぞ」  勘定を済ませた柳瀬が、カウンターに突っ伏す坂口の身体を揺さぶる。坂口は寝起きの子どものような声をあげると、目を閉じたまま、 「んな調子だと彼女、心配して化けて出るぞ」  ぼやけた口調。それでも柳瀬は、はっとした顔をして、しばらく固まってしまった。バーテンダーの怪訝そうな視線に気づき、ようやく坂口を起こす。  大通りに出てタクシーを捕まえ、坂口を預けると、駅に向かって歩き出す。金曜日だが、さすがに人も少なくなりつつある。  化けて出る、か。  三月の、微かに冬の面影が残る夜風を浴びながら、柳瀬の顔が苦そうに綻んだ。
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