珈琲

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珈琲

休日の駅前を歩いていた。最寄り駅である橋田駅は主要な都市にアクセスしやすく、駅前も栄えている。休みとあってか、若者や家族連れで賑わっていた。2年前、必ず立ち寄っていた駅前の喫煙所はなくなり、ポツンとベンチが置かれている。ベンチの周りに散乱する空き缶や、お菓子の袋、読み捨てられた雑誌。しかしその散らかったごみの中にたばこの吸い殻は発見できない。しばらく歩くと廃れた商店街が見えてきた。よく通っていた小さなたばこ屋はシャッターがしまり、営業していない。あのくそったれな法律のせいで、たばこを生業にする者たちは職を失った。この小さな店も巻き込まれたのだ。 しばらく歩くと「アルプス」の看板が見えてきた。久しぶりに見る少し色あせた青い看板はなんとも感慨深い。カランと入り口の音がする。 「いらっしゃい。あ、久雄君か。ずいぶんと久しぶりじゃないの。」 「ふと思い立ってね、前みたいに愚痴を言いに来たよ。とりあえずコーヒーね。」  カウンター席の一番奥に座りしばらくぶりの空間に浸った。数年前までは毎週通っていたが、たばこを吸えなくなってからだんだん足を運ぶ機会が少なくなっていた。  立ち込める珈琲豆の香りが心地よい。静かに流れるクラシックと相性がいい。まあ曲名など知らんが。 「はいよ、ブラックでいいんだっけ?。最近どう??」 「どうもこうもないよ。煙草は吸えないし、そのせいか仕事もうまくいかねえ。あの日を境に俺の中でなんかが燃え尽きちまったようだよ。」 「はは、またその話か。まあ確かにたばこ吸えなくなってから常連さんも離れて行っちゃうし、ただでさえ貧相な商店街なのにさ。」 マスターは意味ありげな眼差しを向けてきたが。軽く受け流す。  またいつものごとくポケットからキャンディーを取り出した。今日のお供はリンゴ味。後味がさっぱりした優れものだ。もちろんコーヒーとの相性は最悪。 「あれ、今度はキャンディー?前来たときはずっとつまようじ咥えてたよね。」 「色々試したんだがな、これが一番しっくりくる。」 「合わないでしょ、それ。」 「はいはい、もうそれ聞き飽きた。何回言われたことか。」 適当に受け流し、コーヒーを一口啜った後キャンディーを口に放り込んだ。
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