キャンディー

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キャンディー

右手に持つ缶コーヒーを啜った。左手には棒付きのキャンディーが握られている。コーヒーとキャンディーの不快なセッションが口の中で奏でられる。少し縮んだキャンディーの噛み砕き、ごみ箱に放った。口に残る不快感をミントのタブレットで強制的に抑え込む。 「久雄さん、またその組み合わせですか?」 「今日はいつもと違うぜ、なんせイチゴ味だからな」 「はぁ、まあ人の好みに口出しはしませんよ。」 「好きなわけねえだろ気持ち悪い。」 「なんなんですか。じゃあやめたらいいじゃないですか。」 「これはな、気持ちの問題なんだよ。若造にはわかるまい。」  久雄は肩をポンと叩くと休憩所を後にした。 2年前、突然施行された「日本全土禁煙法」。これによって国内での喫煙は重罪化し、たばこの販売、または喫煙したものには10年以下の懲役、50万円以下の罰金が科せられる。喫煙者の人権は皆無と化した。私もそのひとりだ。休憩時間の至福のひと時。朝の一服。酒と嗜む極上の煙はすべて忘却の彼方に消え去った。重度ニコチン依存症であった私は失望した。煙草に代わる代用品を日々模索し、挙句の果てにたどり着いたものが、最低のセッションだったってわけだ。 ガチャ。鍵を開ける音がもぬけの殻の家に響き渡る。ドアを開けると漂ってくるたばこの香りはずいぶんと薄くなった。度重なる喫煙で黄ばんだ壁も天井もこれ以上染めることができないと思うと寂しく思う。相棒であった「ハイライト」の青いパッケージが懐かしく思う。愛用していた灰皿もいまでは鍵置き場に代わり、大量のライターに至っては処分に困りビニール袋に入ったままである。 ボヤ騒ぎで近所を騒がせることになる前に捨てなければ。  コンビニで買った食事を済ますと、換気扇のスイッチを入れる。おっと、そうだった換気扇つける必要はないんだった。癖とは怖いものだ。買いだめしてある棒付きキャンディーに手を伸ばす。今日の食後の一服はラムネ味だった。少しでも寂しさを紛らわそうと棒の先にライターで火をつけてみるも、焦げたビニールの嫌な臭いが鼻を刺激するだけだった。
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