真水を入れろ

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「おいおい、緊急経済対策として政府の事業費108兆円だとさ、スゲーな」 ラーメンを食べながらTVのニュースを見ていたサラリーマンの吉田は感嘆の声を上げた。 「何がスゲーんだよ。またまた数字のまやかしじゃねーか。おめー、そんなもんもわかんねーのか」 下町の古いラーメン屋の大将、猫又是清は、呆れた顔をして、そう捨てゼリフを吐いた。 「何がまやかしだよ。このパンデミックな状況の中で、確かに政府は緊急事態宣言出すのは遅かったし、日本は自粛要請までで強制的に命令出来るわけじゃないけどさ、何とか金の方は出したじゃねえかよ。お金がない、お金がない言ってたのに、出す時は出すんだから、あんたより気前がいいじゃねーか」 「何だと!お前、ラーメン屋でツケで飯食いやがって、そのテメーの支払いを今時月末まで待ってやってるようなラーメン屋の何処が気前が悪いってんだよ!何なら今全額耳を揃えてツケを払いやがれ!」 「わかった、わかった。悪かったよ。でもさ、事業費108兆円なんて太っ腹だと思わねーか、政府もよぉ。だいたい大将は政府支持者だったじゃねえか」 「どんだけ支持してたって間違ったことやりだしたら批判しなきゃロクでもなくなるばっかじゃねーか」 「まあ、それはそうだけどよ」 「108兆円なんて太っ腹だと思わねーかだと?何を言ってやがんだよ。そんなもん融資や猶予が混じってて真水な新規国債発行の額じゃねーんだよ。ベイキングパウダーで膨らましに膨らまして、政府は108兆円の事業費だの言ってやがるが、真水である新規国債発行はどんだけだ!16・8兆円じゃねーか。対GDP比では、トホホの3%ぽっちじゃねーか。GDP5%以上か10%くらいの財政赤字=国債発行が必要なんだよ」 「108兆円でまだ足りねーってのか?」 「だから真水じゃねーっつってんだよ。実際に出してる真水=新規国債発行は16・8兆円っぽっちなんだよ。こんなもん、まともな経済対策と言えるかよ。108兆円なんて、やたらと衣ばっかつけた天ぷらの中に小ちゃい小エビが入ってるようなもんだと言ってる人がいたけど、そんなもんをサクサクで美味しいですとか言うかよ?」 「そりゃまるで、この店の天ぷらラーメンに入ってるエビ天ぷらじゃねーか」 「う、うるせーよ!」 「ふーん、でも真水ってやつが俺には具体的によくわかんねーけどよ、ニュースだか新聞だかでマスコミは真水は39兆円とか報道してたぞ」 「そんなもん真水じゃねーよ。そいつは財政投融資を含んでる財政支出の数字だ。惑わされんじゃねーよ。だから融資や猶予は真水じゃねーっつってんだろうが。今、政府がやってることは、全く足りない国債発行に、財政投融資や地方に負担を押し付けたりと貸付ばっかりだよ。社会保障や納税の支払いの猶予分やら前回の経済対策の未執行分をプラスしてやたらと膨らましてるだけだ。大事なのは真水=新規国債発行なんだよ。もっとまともに新規国債を発行して金を回し、まともな経済対策やってくれねーと、経済は完全に冷え込んじまって、この店もオジャンだよ。お前はツケ踏み倒せていいかもしれんがな」 「ちょっと待てよ。給料入ったらここが潰れてようがちゃんと精算するからよ、大将、そんな寂しいこと言いっこ無しだぜ」 「潰れる前に払ってくれよ。まあこの店もいよいよマジでヤバイからな、いよいよ個人事業主や中小企業の経営者向けに経済推進省が打ち出した"持続化給付金制度"に頼らなくちゃならねーよ。こいつは中堅・中小企業やフリーランスを含む個人事業者向けで、パンデミックの影響から売上が対前月比で半減以上になった事業者が対象らしいからな、モロうちの店のことだよ。細かい条件やら申請方法がはっきり公表されてねーから苛々するんだが、なんとか早急に対応しねーとマジでヤバイんだよ」 「マジかよ!まあそりゃこの店、値段は安いけど、ラーメンあんまり美味くねえから…」 「う、うるせー!それでもこれまで一杯お客さんに来てもらって何とかやってこれたんだよ!」 「この店、そんなヤバイのかよ?」 「だって客なんて、自粛、自粛で、お前ぐらいしか来てねーんだから。そのお前もツケ払いじゃねーか。消費が激減するってことはな、所得も激減する国民が生まれることに直結しちまうんだよ」 「うーん、結局要するにあれか?パンデミックの自粛で経済が悪化して世の中に金が足りなくなってきたら、日銀がもっと金出せってことだよな?」 「何だ、わかってんじゃねーか」 「うーん、でもよ、金が世の中に足りねーからってそのたんびに日銀が金出してたら、国に金がなくなっちまうじゃねえか?俺だって給料使い過ぎてロクに貯金がねーから、大将にツケにしてもらってるんだしよ」 「お前と中央銀行を一緒にするな。お前は少しは倹約して、ラーメン屋で払う小銭ぐらいツケ払いなんかにしてねえで、ちゃんと毎回払えるようになれよ。あのな、中央銀行ってのはどこまでも金を生み出せんだよ。日本は自国通貨の円建てで、自国でお金を刷って通貨を発行出来るからそれが可能なんだ。通貨発行権が無いヨーロッパのEUとかとは違うんだよ。だから日本の財政破綻なんて有り得ねーんだよ。日銀が市中の銀行から国債を買い入れ、代わりに金を市中の銀行の当座預金に振り込んでる時に金は生まれてんだよ」 「マジかよ。でもさ、金をそんな勝手に増やしまくって大丈夫なのか?」 「まあ、金が増えて物価が上るとインフレになり、ハイパーインフレになるとか昔は言われてたよ」 「じゃあ、ヤバイじゃねーかよ」 「ハイパーインフレってのはな、いきなり制御出来ないインフレになることだ。だがそんなもん、日銀による大規模金融緩和をやった時だって起こらなかったよ。あの頃、日銀の総裁が、"インフレ率2%達成のために2年でマネタリーベースを2倍に増やす"、つまり倍の金融緩和をやると言って実行したけど、ハイパーインフレにはならなかったよ」 「何で?メチャクチャ金出しすぎるとなるのがハイパーインフレなんだろ?」 「あのな、マネーストックってのは国内に出回っている金の総量のことだ。そんで、日銀が金融政策で出す金がマネタリーベースだ。この、国内に出回っているマネーの総量と、日銀が金融政策で出すマネーの関係は、信用乗数によって左右される。景気が悪くなって信用乗数が低くなってきたら、日銀が出すマネーを増やせばいいんだよ」 「その信用乗数ってのはそんなに変化するのか?」 「日銀がマネーを出すと、社会に流通するマネーの総量が増えるのは市中の銀行が貸し出しするからだ。でも銀行ってのはよ、バブルの頃のように景気がいいとやたらと貸しまくるくせに、景気が悪くなると貸し渋りし出すんだよ」 「そいつは知ってる。銀行の掌返しには恨みがあるから」 「ハハ、そうか。でな。この銀行貸し出しが信用乗数を変化させるわけだ。だから、景気が悪い時に景気をよくしようとしたら、社会に流通するマネーの総量を増やさなきゃならん、そのためには日銀がマネーをバッと出して大規模な金融緩和をやらなきゃいけないってことだ」 「ふーん」 「で、日銀総裁・権田原猫八氏による猫八バズーカってのが前にあったろ?」 「名前だけ聞いたことがある」 「あん時な、マネーを270兆円に増やしたわけだが、1年分では70兆円程度の増加だ。それだと2%くらいのインフレにしかならないことが過去のデータからハナからわかってたんだよ。つまり猫八バズーカの金融緩和でハイパーインフレにならないことは最初からわかっていたんだよ」 「そうか」 「だから不況になり、経済が冷え込んでる時にセコイことをやってる方がヤバイんだよ」 「うーん、そいつはわかったよ。だけどな、日本ってさ、1000兆円だかのすごい借金があるじゃねーか。そいつはどうするんだい?」 「マスコミがやたらと財政危機を煽るネタだな。だがその煽りのせいで消費税増税が正当化されちまったんだよ」 「いやいや、メチャクチャ借金あるから、お金がないわけだろ?だから消費税を上げて補填しようとしたんじゃねーの?」 「だけど、消費税を上げたがために、さらに経済は冷え込んじまったんだよ」 「マジで?でも消費税上げて金を集めなかったら、国の借金はどうするんだよ?」 「まあ確かに財政赤字から健全な財政状態を築くために消費税は引き上げられたんだ。しかし、結果はさらに悪化しちまったんだ」 「何で?財政状態を健全化しようとして、どうして逆に悪化するんだよ?」 「景気が悪くなるとな、全体の税収が悪くなるからだよ。税収には所得税、消費税、法人税があるが、景気が悪くなると所得も消費も法人の利益も減る。そこで消費税を上げると、消費税収だけは増えるがな、しかし消費はさらに減るから、さらに景気は悪くなる、すると所得税や法人税も減っちまう。逆効果なんだよ」 「あら、まあ…」 「そこで今回のパンデミックによる経済後退危機だよ。猫八バズーカの大規模金融緩和の効果もあってやっと安定してきた雇用や、GDPの急落の危険をなんとか防がなきゃならない。こいつを何とかするためには、予算総則という国の予算の総括規定を少し変えてな、100兆円基金を作るべきだという意見があるよ。この中から現金給付=政府小切手送付や、社会保険料の免除、納税の免除、消費減税の分を何とかすりゃいいって案が言われ出してる。経済対策はアメリカに倣ってGDP5%以上のものにすりゃいい、とな。そうすりゃ国民にも安心感が与えられる。だいたい政府はセコイんだよ。だから消費税減税や給付金を出す財政出動をちゃんとやりゃいいんだよ。GDP比5%以上で、国民の手取り収入つーか、自分の意思で使える金を増やすために、消費減税、社会保険料を減らす、国民への現金給付をちゃんとすりゃいいのに、政府は財政省の言いなり過ぎてセコイすぎるんだよ」 「具体的にはどんな感じかね?」 「そうだな、まずは国民への給付金10万円を支給すべきだな。その上で消費税減税だよ。だいたいな、年間80兆円の金融緩和を復活させりゃあ、財政措置を政府の借金みたいなもんである国債でまかなったとしてもだよ、なんとかなるんだよ」 「そうなのか?」 「まずはその1、政府が国債を発行するだろ。 次に2、民間金融機関は入札で国債を買う。 3、今度は日銀が民間金融機関から国債を買うが、そのために日銀券を刷り、それを民間金融機関が日銀に持っている日銀当座預金に振り込むんだよ。 4、そして民間金融機関は企業などに貸して、世の中にお金が出回るよな。それが景気回復に繋がるんだよ」 「はあ…」 「それでだ、日銀は、民間金融機関から国債を買うため日銀券を刷り、利子収入(通貨発行益)を得るんだけどな、そいつは丸々政府に納めるものなんだよ。だからそれは結局国庫納付金となって、政府の税外収入になるんだよ。 日銀への政府の借金利払いっつーか国債利払いや償還なんて、日銀は政府の子会社だからな、子会社と親会社の関係だから負担無しのチャラなんだよ。要するに日銀に国債の利払いはするんだけど、そいつは結局今言ったように納付金として政府に返ってくるから財政負担は無しって寸法よ。元本返済(償還)だってよ、一応政府には国債の償還義務があるんだけど、そのために新規で国債を発行するから財政上の負担にはならないわけだ」 「でもよく「国債発行額が膨れ上がって将来世代に負担をかける」なんて財政相やらマスコミが騒いでるじゃないの」 「確かに国債は借金だから全額返す義務があるけど、財政省やマスコミは借金だけ見て物を言ってるわけだよ。日本の財政状況は、政府とその子会社である日銀のバランスシートを合わせた"統合政府バランスシート"を見なきゃダメなんだよ。それを見れば、日本の財政再建はとっくに完了していることも具体的にわかるよ。バランスシートも見もしないで、財政相やマスコミは負債しか見ずに、財政破綻、国債暴落、将来世代への負担などと言ってるだけだ。バランスシート=貸借対照表は資産と負債の関係を示していて、そこで資産-負債=純資産というのがわかるわけだが、それが少々国債発行して負債を増やしても全然安定してるのにだぞ、財政破綻なんか有り得ないだろ。なのに負債があることだけ見て嘆いているなんておかしいじゃねーか。まあ財政相はそれがおかしいことなんかわかってるくせして、金出したくねーんだろうな」 「またまたケチ臭い…」 「それに日銀が大規模金融政策で出す金が増えたって、日米の金融政策が同じ緩和なんだったら為替にも影響しないと言われている。これでいいじゃねーか。過度なインフレにもならねーよ」 「はあ、そうか」
 「さっきも言ったが、政府が今やってることはな、足りなさすぎる国債発行に、財政投融資や地方に負担を押し付けたりと貸付ばっかりなんだよ。社会保障や納税の支払いの猶予分や前回の経済対策の未執行分をプラスしてやたらと膨らましてるだけだ。大事なのは真水=新規国債発行なんだよ」 「真水が大事なんだな」 「そうよ。国債発行を拡大し、消費税減税して社会保障費減らさなきゃどうにもならん時に、税金や社会保障費の支払いの猶予なんかしてたってどうしようもねーだろ」 「要するに、事業費108兆円ってのは、支払い猶予や国民に対する貸付で、"パンデミックで金ないなら国から金借りろお前ら"って、国民に言ってるだけのことか?」 「そうだよ!で新しく出した金が…」 「16・8兆円ぽっちってわけか?」 「そういうこった。新たに補正予算として成立させる予算は、16・8兆円のみなんだよ」 「じゃあ太っ腹どころか、お金がない、お金がないだのセコいことばっか言ってるケチンボじゃねーか」 「だから最初からそう言ってんだろうが。結局財政省がプライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化に固執して、渋ちんなことばっか屁理屈つけて言ってるから、政府もそいつを壊さないように、貸付と、他の予算からの付け替えと、税金徴収の猶予なんてことばっかに固執してんだよ。お金がない、お金がないって言いながらな」 「じゃあ何だ?財政省が国を滅ぼしてんじゃねーか!」 「そういうことだ。まあ16・8兆円の補正予算はいずれ第一次補正予算と今後言われる可能性が高いと言われてるよ。だって全然足りてねーからな。きっと第二次補正予算が今後必要になるだろうって声が出てるよ。すぐにまともな予算を組めよ!とは思うが、なんとかそうやって予算を増やして最終的にアメリカ並みのGDP5%以上の経済対策になり、うまく凌いでくれることを政府には期待するしかねーよ」 「でもそんなセコイ連中が、んなもんやるか?またお金がない、お金がないの一点張りじゃねーのか?」 「まあな。ただ今、パンデミックで経済が動いていない状態ではある。だからな、政府としては早急に経済対策をしても効果がないと思ってるのかもしれないとも言われている。だから特別融資や貸付、生活に困っている人への支援が最優先されてる可能性があるとの声もある。政府の緊急事態宣言の中でも、他国に進出している企業のサプライチェーン撤退費2200億円を出すってのも出てきた。つまり生産拠点を日本に戻す策は取るようだ。まあ本格的な景気対策はパンデミックな状況が一段落した後、ちゃんとやろうとしている可能性もなきにしもあらずだ」 「今後まともな予算を組む可能性があるってことか?」 「パンデミックの被害額がわからない内はちゃんとした予算が組めないのかもしれん。パンデミックの蔓延拡大の終了がいつかわからないから、今は暫定的な対応しか出来んとも一部では言われてるな。大規模災害が起きた時の通常の対処らしいと言えなくもない」 「でも財政省が…」 「そこは最大のネックだろうな。実は財政省に電話で抗議したんだが、財政省はなんと消費税減税には反対していないと言っていた。全く信憑性はないがな。いずれにしてもパンデミックで経済が動きようがない状態が一段落した時が勝負だ。そこで今のようなことをまだやってるようなら、全てはジ・エンドだ」 「パンデミックで経済が後退してマジで国民がお金がないから困ってる時に、政府までお金がない、お金がない言って誤魔化してちゃ、まあどうにもならねーわな」 「パンデミックにも困ったもんだが、"お金がない"ってやつにも困ったもんだよ。特に、お金があるのに"ないない"言い続けて、結局我が国は20年間不況に沈んじまったんだからな」 「"お金がない"ってのが胡散臭い免罪符の合言葉になっちまったってわけか。じゃあこれからは"真水を入れろ"を国の合言葉に変えるべきだな」 「お、わかってきたな、いいこと言うじゃねーか。その前にお前はツケをちゃんと払えよな」 「いや、だから"お金がない"んだってば」 (終)          
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