シュレディンガーの俺

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 二週間後、クレジットカードの利用明細書を片手に姉貴が家にやって来た。 「あんた、何回こんなことしたら気が済むの!」  ベッドの上で寝そべりながら、姉が声を荒げてうっすらと埃が積もり始めたパソコンデスクを叩く。  聞き流しながら、ヤカンに水を注いで火にかけた。三ヶ月前に買い揃えた新品のスパイスがぎっしり詰まっている戸棚から、カップ麺を取り出す。 「次はやる、次はやるって母さんに金出させて。結局いつも買って、はい終わりじゃない。いい加減にしなさいよ」  自分の金でもないのに、姉貴はいつも激昂する。放っておいてくれればいいのに。 「もう売りにいくから」  姉貴はクローゼットを開け、ビニール袋に包まれたままのスーツ、スポーツウェア、登山靴を取り出し、持って来たゴミ袋に詰め込み始めた。 「おいやめろよ」 「どうせ一生使わないでしょ」  今日は手つきが荒い。  カラーボックスに詰め込まれた、売り上げスリップが差し込まれたままのビジネス書を百貨店の紙袋に溢れるほど押し込んだ。 「使うんだって」 「使ってないじゃない」 「これから使うんだよ」 「そう言って何年経ったの」  面倒臭いなと頭を掻いた。もう一言二言、言ってやろうと思っていたのにやかんのけたたましい音が邪魔をした。  とりあえず休戦だ。豚骨ラーメンに湯を注ぐ。 「それも、明日旦那に片付けてもらうから」 「ダメだって。これからダイエットするんだから」 「これだけでいいでしょ」  ぶつけられたヨガマットが顔にぶつかる。足踏みマシーンも、懸垂機も全部必要なのが、こいつにはわからないのだ。 「なんでこんなに物がいるのかわかんない。アラサーのデブのフリーターのくせして」 「ちゃんと稼いでるんだから文句ねえだろ」 「あるわよ。家賃も親に出させて、親のクレジットカードで毎月めいっぱい買い物してて、文句がないわけないでしょうが」  呆れた。なんで俺が言っていることが理解できないんだ。 「いいか、馬鹿め、よく聞けよ。この部屋にはな、可能性しかないんだ」 「はぁ……?」 「俺は、才能がある。可能性に満ち溢れている。この部屋には、才能を開花させる方法が揃っている。ダイエットをしてモテる可能性。起業して大金持ちになる可能性、動画を投稿して世界中で評価される可能性。全てこの部屋にある」 「んなものないって!」 「あるんだよ!」  窓ガラスが揺れるような声で、姉貴はあとずさった。 「俺は可能性を買っている。親は可能性に出資をしている。何がおかしい」 「努力しなきゃ、可能性も何もないって言ってんの」 「は? 触った瞬間可能性は消えるだろ」 「あんた何言ってんの……」 「馬鹿のために丁寧に教えてやるよ。例えば、俺が痩せたとする。痩せてもモテなかったら、努力は無駄になる。でも、今のままだったら? 痩せたらモテるかもしれない、という可能性が常に存在することになる。俺はその可能性に金を払ってんだよ」 「意味がわからない……」  低能には理解できなかったらしく、無念の涙を流して姉は持てる限りの俺の私物を持って逃げていった。泥棒みてえなやつだ。  可能性で、この部屋は充満している。最高の部屋だ。  新品ばかりが詰まった部屋でベッドに腰掛け、賞味期限が切れたカップ麺を啜る。
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