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パソコンの初期設定をしながら、口元が緩む。これで俺も一人前になれる。
今まで、俺のことを散々馬鹿にしていた連中をどうにか見返してやるのだ。大学を出たものの、不景気でろくな仕事にありつけずにずっとコンビニのバイトで食いつないできた。この十年間、ずっと才能をドブに捨てて来た。
小学校の通知表はほとんど5、ピアノの演奏だって、絵だって平均以上の成績を簡単に叩き出せた。会う人会う人から「器用」と評されて、できないことはほとんどなかった。機会に恵まれなかっただけなんだ。
生まれた年が悪かっただけ。
でも、今日から、こいつを相棒にしたら運命が変わる。
これ一台で世界に繋がれる。
音楽のリミックス、写真や動画の編集、電子書籍だって携帯電話よりも大画面で見れるし、絵だって描けるらしい。文章を書くことだって、グラフの作成だって気軽にできる! 既に本はたくさん買ってある。「初めての動画編集」、「初心者のためのワープロ」、「あなたもこれでプログラミングマスター」、「デジタルイラスト入門」。株で一儲けできるかも。これだけじゃない。あと十冊ほど、書店の紙袋に入ったまま、部屋の片隅でその出番を今か今かと待っている。
俺は器用だから、多分なんでもモノにできる。
ここで技術を身につければ、就活に役立つに決まっている。十年にも及ぶフリーター生活もここで終わりになるはずだ。
フリーランスで食っていけるかもしれないし、才能が開花して起業できるかもしれない。将来はバラ色だ。
「そうだ、先にこっちを組み立てないと」
パソコンを放置して、段ボールに詰められている板切れを組み合わせる。
据え置き型パソコンを置くための、専用のデスクも買ったのだ。評価サイトで、デイトレーダーが高評価をつけていたやつだ。合板は妙に重いけれど、これからの夢の生活のことを考えると、屁でもない。ダークブラウンの木目が、シックでお洒落だ。
ネジを数本締めるだけで終わりだ。うん、高いものは簡単に作れるようになっているのだな。
立派な机には、立派な椅子が必要だ。
プロのeゲーマーが使っているらしい、長時間作業していても疲れないオフィスチェアを箱から取り出した。
黒くて、格好がいい。机と椅子の組み合わせは、六畳ワンルームだとは思えない高級感で、まるで社長室だ。
いいぞ、いいぞ!
パソコンをデスクに載せて最後の接続を終える。やっぱり、パソコンの接続もすんなりできた。俺はすごいやつなんだ。
最初に何をやろう。やっぱり株だろうか。何をするにしても先立つものは必要だからな。資本金は五万だけど、来月には百万にはなっているだろう。
胸の高まりが抑えられない。
電源を入れると、ヴォン、と音が鳴って「ようこそ」と表示された。
その画面で、俺のやる気は霧散した。
「もういいや」
電源を落として、そのままベッドに横になった。
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