第15話 天使の証言

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第15話 天使の証言

 夕食は和風御膳と言う意外なものだった。前紫薔薇王は和食が好きだったようで、料理人達は手馴れているのだという。  風呂は各客室についているし、つぐみんが早く休みたいと……多分、俺のことを悟ってゴネてくれた。  おかげで俺は一人、豪華絢爛な部屋の中で気持ちを静める。  あの琥珀色のデカい目玉。  思い出すだけでゾワッと鳥肌が立つ。  仮にジョルが姿を視れていたとしても、それがどんな悪魔なのかまでは面識が無ければ分からない。  俺はトーカに貰ったリボンを取り出すと、行き先を念じながら呪文を唱える。 「ゲートよ ! 」  ドムッ !!  床から現れたのは小さなステンドグラスの付いた木製のドアだった。いつも出てくる重厚感のあるゲートの扉に比べて、こいつは明るい色味のニスで仕上げられた軽やかな佇まいだ。来る者拒まずって感じが、なんとも彼女の性格を表してるかのように。  ドアノブを握ろうとすると、なんと向こうから開けてきた。 「呼んだ ? なんで ? ユーマじゃん !  うわっ !! ここヤバ !! ゴージャス !! 」 「みかん、ちょ……静かに。静かにしてもらっていいっすかね ?」 「ほぇー。いいけど。  ここ紫薔薇城 ? 」 「そう。隣につぐみんとジョルもいるから……」 「セルもいるんだよね ? 」 「……いるな。静かに話したいんだけど」  そういえば、城の中で魔法の類を使ったらセルにはバレるよな ? こないだ光希とルナが来た時は食堂に入る前から気配を察知してたし……。 「まぁ……話を聞かれなければ大丈夫だと思うんだけど」 「ふーん ? 」  えーと。  ……みかんの明るさに、一瞬話す事が頭からぶっ飛んだ。 「ほんでぇ、なんか用 ? 」 「あ、ああ。聞きたいことがあるんだけどさ。  ジョルの『ルシファーの眼』の契約内容って、詳しく覚えてるか ? 」 「もちろん、覚えてるよ ! だってその為の交渉人だし。  あ〜でも、一字一句正しく書き写せって言われたら無理だけどぉ」 「いや、そこまでの精度はいらないかな。  確認なんだけど。俺からジョルを通してルシファーと話をする事って可能 ? 」 「話す…… ? 」  みかんの顔が一瞬で般若の様に変わる。  みかんのこんな表情……今まで三年いて見たこと無かった。 「何それ。やめたほうがいいよ」  即答。 「なんでそんな事すんの ? 」 「今、セルのBOOKを観てるんだけどさ……。多分敵の悪魔だってのを見つけたんだよ !  BOOKでジョルが視たものをルシファーの眼を通せば、ルシファーは部下の悪魔の正体が分かると思うんだ」 「……」  みかんは首を傾げて、理解に苦しむ顔で俺をポカンと見つめる。 「それって、ルシファーに得はあるの ? 」 「得 ? 」 「交渉は悪魔契約と同じだよ。交換条件。しかも人間側の方が分が悪い。  だってさ、正体が分かったらどうするの ? 今もいたら祓うの ? TheENDするの ?  悪魔憑きはルシファーの望むことでもあるから、教えてくれないと思う。その悪魔一体と引き換えに余程の見返りがないと……」 「……例えば……どのくらいの見返り ? 俺に払えるくらいのものがれば…… ! 」 「やだ !!  えー…… ? 言いたくないよ。そんな交渉したくないもん」 「俺の信仰心とTheENDを捧げるとしたら…… ? 」 「……なるほどね……。  ルシファーにとって悪くない……それに……。  それなら『自己犠牲』として神からの恩寵があるかも……失わずに済むかもって考えたんだね。自己犠牲は最大の善行だから。  でも、無理じゃない ?  ユーマはキリスト教徒じゃない訳だし、救済措置が働くとは思えない。アフラ・マズダーの怒りを買うし、どうなるか分からないよ」 「じゃあ、なにか……他にないか ? 差し出せるもの ! 」 「……」  みかんはしばらく考え込むと、首を横に振る。 「やめた方がいい。例えば、その亡くなった二人を救うために、現存するわたしたちの誰かと引き換えに……そう言われたらどうするの ? 」 「その可能性があるって事 ? 」 「当然だよ。命二つ助けるのに、必要なのは大抵、倍の生け贄。  それに、そんなことセルやトーカに告げたら、本当に自分を犠牲にしそうで言えない……。  ユーマ。先輩面する気なんかないけど、わたしは人間より、悪魔たちの方が付き合いが長かったから分かるんだ。必ず後悔するモノを持って行きがち。  今、生きてる人以上に大事なものは無いと思う」  こりゃ説得出来そうにないな。  どうすれば……。  なにか無いか ? 「ユーマはゾロアスター教に興味無いの ? 」 「え ? ああ。ゾロアスターの天使にも言われたんだけど、俺がトーカよりTheENDを使いこなせないのは信仰心が薄いせいなんだって」 「…… ? ゾロアスターの天使に会ったの ? 」 「ん ? あれ、言ってなかったっけ ?  ミスラって天使だよ。ウルスラグナとかいう戦いの神の使いなんだとさ」 「それって ! メタトロンだよね !? 」  あ……そうだ。  あいつ兼任天使なんだったな。 「キリスト教の天使と接点があるならそっちを頼るべきだよ !! 」 「おー……」  俺の反応を見て、みかんは引きつった顔でポニーテールの緩んだゴムを締め上げる。 「反応薄〜。なるほど。こりゃ信仰心無いねぇ」 「いや、だってそんなマイナー宗教に信仰言われても……」 「そんなにマイナーでは無いんだけどなぁ。  アフラ・マズダーが聞いて泣くよ……。コキュートスでも助けてくれたじゃん ? 」 「あ、ああ。あれはもうさ。あまりに恐れ多すぎて怖いんだよ。それはそれで」  俺の言葉にため息をつき、みかんは少し呆れているようだった。 「悪魔祓いとかアカツキに長い間いるとそう思うよね。わたしも、BLACK MOONに来る前は陽より陰の付き合いの方が多くなってたから、よく分かる。気の良い奴も多いしね。  でもさ、神は本来怖いものだよ ? 」 「悪魔より ? 」 「明けの明星とも言われた大天使を、一撃で地獄の最下層まで突き落とすほどにね。  そうでしょ ?  お稲荷様も放ったらかしにしたら祟る。日本神話の神様は大人げないし、仏陀は色々極端過ぎる。  神様って変態なんだよ」 「変態……とは違うんじゃねぇ ? 」  つまりみかんの言い分を踏まえると、ミスラに頼った方がいい……と。そういう事か。  戦いの神 ? 今回関係ない気がするけど。 「ミスラはメタトロンと兼任。  メタトロンは神の代理人とも言われるほどの力を持ってるの。  それは、裁きの炎では無く、導きと契約の天使」 「契約 ? 」 「もし、ルシファーと交渉するならミスラを連れていった方がいい。けれど、ジョルの身柄はルシファーの所有って事を忘れないで。  誰の血も流れない契約なら……いいかもしれないね」 「ミスラか……」  ミスラはどうなんだ ? 『悪魔を見破る』だけなら天使にも出来るかもしれないな。  セルにはどう説明する ?  BOOKって承認された人しか行けないよな ? でもBOOKは天使の所有物で、たまたま紫薔薇城で管理してるってだけ。 「ミスラにその悪魔を見せるとしたら、どうしたらいい ? 」 「うーん。一番簡単なのは……自分に取り憑いてもらう事だよね。まぁ守護って言い方が正しいけど。  守護霊、指導霊、憑き物の類はBOOKでもノーカンのはずだよ ? 」  まじか。  じゃあ、後で……いや、これ話が終わるまで、みかんもいてもらった方がいいな。 「みかん、まだ時間ある ?  早速ミスラ呼びたいんだけど」 「えっ !? まじ !?? あるある !!  ユーマ、天使召喚出来るの !!?」 「あ、うーん。あいつの場合、ちょっと……特殊と言うか……。召喚とかそんな大層な物では」 「見せて !! 」  目をキラキラさせたみかんに、かなり罪悪感がある。  ほんと、召喚の仕方微妙だし、ミスラもなんかヤバい。痛々しい。 「えっと、じゃあ。  ゴホン……。  あぁ〜このままじゃ大負けだなぁ〜もう全然悪魔に勝てないなぁ〜! TheEND出来ないし、もうどうしようもないなぁ〜。あーあこんな時に、超美女で最近頼りになるな〜って思ってるミスラなんかが来てくれると、形勢逆転 ! 最高に最強の圧勝確定案件なんだけどなぁ〜〜」  完全に困惑してるみかんは置いといて、俺の右手が急に火照り出す。まるで炎に手を出して暖を取っているかのように。  そしてそれが全身に広がる。  暑いはずなのに、意外と心地良い。 「ユーマ……来た…… !! 」  え ? ああ。  だから頭がボーッとするのか。  なにか感じる。向かってくる。 「呼ばれて飛出てババンバーン !  こんにちはぁ ! SM大好きミスラなのです !  ユーマ ! あなたいっつも戦いに関係ない時にわたしを呼び出してぇっ !! 」  凄い剣幕でぷりぷり怒るミスラの背後、キラッキラの陽気を溢れさせる奴が一人。 「メタトロン様 !! 」 「えっ !? 」 「お会いできて光栄です ! SMより歳上好きの美香です !  ミスラ様とお呼びした方がよろしいですか ? わたしはみかんって呼ばれてます ! 」  流石だなみかん。距離の詰め方がエグい。 「や、やだぁ。何なのですかこの子はぁ〜。可愛いじゃないですかぁ〜」  ちょろミスラ。チョミスラ。 「メタトロンとミスラの兼任尊敬しますー ! お忙しいのにごめんなさい〜」 「やだぁ〜。この子好きぃ〜。  それで ? このお姉さんに何をさせたいのですっ !? 」  むふんっと胸を張るミスラの側で、一瞬俺とみかんの視線が交わる。 「じゃあ、わたしから話します !  どうぞ掛けて下さい !  ユーマお茶〜 」 「はい……」  背後でミスラがみかんの額に手を当てる。  知識玉を抜き取って、そのまま記憶を共有するつもりかっ !?  変に俺じゃなくて良かった !! 「なるほど。  悪魔の正体が知りたい……。  囚われの魂の解放。  コキュートスの肉体の解放。  これだけでこちらが出す要求は3つもある。  ルシファーと交渉は無理。  地獄で万年の苦しみを受けたいなら別ですけど」 「ミスラ、力を貸してくれ」 「とは言われましても……。  キリスト圏のお話なので、ユーマにゾロアスターの方々が力を貸したりは無理なのですよ。  しかし、メタトロンとしましては……少し気になることはあります」 「気になる事 ? 」 「はい。この敵の悪魔がですね『スルガトのゲートがないのに人間界に出入り出来ている』ということに対して、思い当たることがあるのですよ」  みかんと俺は顔を見合わせて「 ??? 」状態だ。  そこへ…… 「現にミスラがそうじゃない」  背後から急に声をかけられる。 「つ、つぐみん !? 」  つぐみんがソファに座ってた。 「みかん声が大きいわ。内緒の話ならセルやジョルに聞かれないうちにと思って来たのよ」 「召喚された時にこの方、既に居ましたよぉ。面識あるので、別にいいのかと思って言いませんでしたぁ」  そうか。  俺が剣出した時に、つぐみんはミスラと一緒に黒薔薇城で会ってたんだった。 「つぐみん、どういうこと ? 」 「ミスラはゾロアスター教の天使でありながらキリスト教の天使でもある。  でも、キリスト教は唯一神。他の宗教は全て邪教。なのに現代の天界は人手不足で他宗教でも兼任なんかしてる。  つまり、キリスト教にとっての悪魔がメタトロンやってるって話しよ」 「そうなのですよ。  つまり、件の悪魔は『他の宗教では天使の可能性』があります。  天使は悪魔と違って人間界への出入りは制限がありません。  ですが、必ずキリスト教の天使だけが出入りしている訳では無いのですよ」  俺たちが追ってる悪魔は……天使かもしれないってのか…… ? 「でも、下位の悪魔……キリスト教の悪魔が憑いてたのも事実だぜ ? 」 「はい。ですから、わたしのように『キリスト教も他宗教も兼任している天使』なのではと思います」 「それは…….どのくらいいるんだ ? 」 「数え切れませんよ。でも、ゲートのお嬢さんは本当に悪魔を見てないのですか ?  何か隠してませんか ? それで話は変わってきます」  ゲートのお嬢さんって……トーカか ?  本人は何も見てないはずだ……。  いや、でもBOOKではまだそこを観てない……。 「なんにしても……。被術者は西アフリカの方ですよね ? キリスト教徒と言うのは半分違うかもしれませんね」 「違う !? でも家族全員ロザリオ持ってて、教会にも助けを求めに来たんだから……」 「その時にはもう操られていたのでは…… ? 」  パーーーーーンッ !! 「「うわっ ! びっくりした ! 」」 「そうか !! そういうことなのね !! 」  つぐみん、思い付いた気持ちの全てを両手に込めて手を合わせる。ちょっとした破裂音にみかんと俺がビクッてなった。 「どゆこと ? 」 「西アフリカにキリスト教が広まったのはフランスが来たから。それまでの土着信仰を捨てさせられて、渋々キリスト教を『演じる』家庭も多かったの」 「その土着信仰ってまさか……」 「ヴードゥー教よ !  後にアフリカから移民としてアメリカに行った先、タヒチで急速な発展を遂げるけど、元々はアフリカ発祥よ」  パトリシアはブードゥー教徒だった…… ? 体裁はキリスト教だから、大ごとになっただけ…… ? 「いや。それだ。  パトリシアに憑いた大悪魔は神父が狙いだってBOOKで観た……。  じゃあ、ミスラ !! ブードゥー教で神と拝まれていて、キリスト教で悪魔って呼ばれた奴は…… !? 」 「勿論、いるのですよ。  そして知識玉を受け取っただけでも、心当たりはあるのです」 「そいつは…… !? 」 「はい。名前は……」  俺たちは……。知るだけだ。 「わたし、リーダーのとこ行ってくる ! 」 「お願い ! みかん !! 」 「俺たちはこのまま、何事も無かったかのようにしてよう」 「それが一番かもしれませんね。『彼』はルシファーでも理解できない性格の持ち主です。気分や癇癪で何をするか分かりません」 「ミスラ俺に憑く事は可能か ? 」 「はい。登りがかかった骨ですから ! 」 「……乗り掛かった船ね……」  つぐみんが静かにツッコミ入れた。 「わたしも部屋に戻るわ」 「おう。明日、勝負だな」  BOOKを観るだけだと思ってたのに。  相手がどう出てくるか、これで一気に分からなくなったな。
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