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第9話 狂犬の森
ベッシャアァッ!!
「ごはっ!!」
くっそ〜〜。落下死だけは回避したらしいぜ。
「ぐはぁっ……」
打ち付けられた衝撃で息が吸えない。
大丈夫だ。ここは現実じゃない。整えろ。
上半身を起こすと泥に塗れていた。
林の様な場所だ。
辺り一面の木々とぬかるんだ土。
「なんなんだよ!」
どこだ?
式場じゃない!
月の世界なら、擬似的にDIVEした場所を模すはずなのに、ここは水一つ無い山中だった。
「まさか………!」
頭上にはもう扉なんて見えない。
あるのは、どす黒い雲に纏わり付かれた紫色の月だった。
全身の血の気が引く。
恐らくあの白い部屋は月の世界だった。
でもタイミングは新月。
あのジジイがなんだったのか分からねぇ。俺を突き落としやがった!
一つ確実なのは、ここは……。
「地獄だ………」
そうだっ! 時間は!?
五分経過!
まずい! 現実世界の俺は心肺停止状態のはずだ。
二十分なんて悠長な事言ってられねぇ! 本当に死んじまう!
頭が回らねぇ。
とりあえず武器!
焔は右手にある。だが、提灯は堕ちた衝撃で見失った。
俺は上から落ちてきたよな?確かに。
でも既にドアは無い。
戻る方法はあるのか!?
辺りを見回す。なにか嫌な気配がする。
とりあえず見えないところに……この木に登るか。
「はぁっ……はぁっ………っ!」
息が、整わない。酸素が薄い。
近くで物音がする。
栄養がないのか木の枝は全体的に細く、俺を乗せるにはなんだか心もとねぇ! 葉っぱもなくスカスカだ。
〈ガフッガフッ!!〉
あれはなんだ?
三匹の獣が木の元まで来て、グリグリと辺りを見渡している。
ザザザザザザザッ!!
〈グガガッ! ゴフ!〉
体毛は真っ黒で尾が何本もある。目が赤く、鋭い鮫のような歯。口から出る息に、どす黒い煙が混じっている。多分噛みつかれたら火傷じゃ済まない。
俺を探してるのか?
獣はしばらく周辺をぐるぐる歩いてはいたが、やがて諦めたように俺の木のそばを離れる。
人間界の犬のように鼻は効かないんだな。
視力は特別良くも悪くもってところか。
だとしたら問題は聴力だろうな。堕ちてきた俺を、真っ直ぐ狙って駆け寄ってきたんだ。
五感のうち優れているのは、耳だな。
今、降りたら足音を聴き分けられる。
何匹いるやら……あの三匹を焔で撃ったら、他の獣が向かってくる。
焔だけが救いだ。提灯は諦めよう。ポケットの電子ライターと火種さえあれば焔は出せる。
ここは田舎の夜より明るいくらいだ。あの黒い月のおかげか。それでもあれは本当の月じゃないのは明確だ。地獄に太陽は無いのだから。
「地獄なら地下に階層があるんだったな……?」
ここは人間界に近いのか? それとも深いのか?
十分経過。
地獄だぞ。
自力で戻れるはずがない。
自分でも薄々感じている。
俺はDIVEに失敗して死んだ事になる。事故だが、普通に生きてりゃ、普通の人間は自らあの世を覗いたりしない。
自分でDIVEして来たんだ。自殺者としてカウントされてもおかしくない。
だとすりゃ本で読んだことが確かなら、ここは『自殺者の地獄』。
通称『狂犬の森』。
自殺者は地獄に堕ち、更に抜け出せないこの深い森で、地獄の獣に追われ続ける。永遠にだ。
地獄の空は不気味な紫がかった黒い月なんだな。
月の世界は赤色だったのに。
木の上から森の周囲が見えるが、向こうはまるで火の海だ。しかも伝説が事実なら、それが見えていても、俺はこの森からは出れない構造になっているはずだ。
俺の死に、メンバーは気付くか?
あれだけの能力者の集まりだ。誰か………そうだ! カメラ。大福に渡されたカメラは鏡台に置いてきた。一箇所を写し続ける、不自然なカメラの映像に大福が気付いてくれるかもしれない。
でも、二十分も心肺停止状態だったら……。
駄目だ。
メンタルで負けたら、死ぬ。
これはただの臨死体験だ。
あの犬共が木登り出来るか不明だが、とりあえず状況をよく考えろ! 無闇に動き回ったらあれに噛みつかれてお終いだ。
手を巻き付けた樹木を見る。見た事ねぇ植物だな。不思議。
「もうやめて! もう嫌ぁぁああっ!!」
女の声だ。追われてるのか。
〈ガウッガウッ!! グルル……!〉
〈ガガガガガゴフゴフ!!〉
「あああああああああっ!!!」
場所は決して遠くない。断末魔の絶叫がこだまする。
どうすりゃいい?
あの白い部屋にいた老人。
あれは人間じゃなかった。悪魔だ。
俺の背中を押した。何故だ……?
ガサッ……パキパキ……ザッザッ……。
「………っ?」
二足歩行の足音だ。一人分。 犬じゃない……。
これで俺が労災で死んでも、死んだ今の俺にとっては何も関係ない。
ここで生き延びなきゃならないのは変わらない。
まずは、仲間にしろ、囮にしろ……人数を増やさないと……生き残れない。
ここでみすみす食われてられるか!
あの犬、何匹くらい居るんだ?
生き残ってやる。
歩いてきたのは痩せ身の若い男だ。
純白のタキシードの袖は泥に塗れ、歩きにくそうにぬかるんだ地面を力なく踏んでいる。
白のネクタイ。日本人顔。
まさか……いや。有り得無くはない。彼は自殺だったんだから。
「あんた、中沢さん?」
彼はクマだらけの目を大きく開くと、俺がいる位置に気付いた。
「日本人かいっ? 助けてくれ!! 死ねないんだ!!」
「静かに。あの犬は音に反応します。
静かに登って来てください」
死ねない……か。
俺は枝伝いに、隣の木に移る。
葉の散った枯れ木だ、足をかける度に腐食した部分がポロポロと落ちる。
頼むから、音に反応すんなよ……!
「式場で自害した中沢さんですね?」
俺の言葉に中沢さんは少し驚いたように目を開き、その後複雑そうな顔で頷いた。
「ああ。俺は中沢健一だ。
……そうか、俺は確かに自殺したんだな………。ここがあまりにリアルなものだから……」
残り時間七分。
「中沢さん、俺はあなたを助けに来たんです!
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