第10話 地獄第七層 森

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第10話 地獄第七層 森

「そうか……自分では自覚がないよ……。  式場でそんなことが起きてるなんて。いやはや申し訳ない」  中沢さんは疲労困憊って感じだ。  亡くなってから二年弱ってところだ……。  よくここで生き延びてたな。 「ここはどんなところです?」 「ああ。僕も最初は木に登ってたよ。半日で喉が渇いて彷徨ってね。森の中心部に何ヶ所か水の出る場所があるんだ。綺麗な水じゃないけれど……そんなこと、いってられない。あとは他人が抵抗した時に死んだ獣を剥いで食べるしかない。鋭い石を見つけたら取っておくといいよ」  嘘だろ。  それで死んだ自覚がない?  死んで彷徨ってる霊は……あの式場の池の畔にいた中沢さんは本当に中沢さんなのか? 死んだ自覚もないのに式場でトラブルを起こせるのか?  中沢さんは死後、間違いなくここにいる。 「肉って……生でですか? 食べれます?」 「………だって、そうしなきゃ死ぬじゃないか!  いや、僕は死んだんだよな? でも、空腹もあるし痛みもある。ここはどこなんだ!?」  俺もこのままいたら同じ生活する羽目になるんだな。  フロントの女は操られていた。  こりゃどうも、式場のトラブルは中沢さんがやってるとは思えねぇなぁ。 「中沢さん。結婚式の当日、なにか変わったことはありませんでしたか?  なんでもいいんです。  相手の方と喧嘩とかされたとか?」  俺の問いに中沢さんは苦い顔をして、視線を落とした。 「言い合いという程ではないけれど、少しね。  まさか当日来ないなんて……大人しくて気の利く優しい女性でさ。今まで我儘なんて言ったことないのに。  でもさ、僕も受け入れるべきだったのかもしれないね。  ただ、当日あんな事を言ってくるなんて……」 「あんなこと?」 「披露宴だけにしようって言ってきたんだ。  駄目だって断ったら、じゃあチャペルから神前式に変えたいって言われてね。当日だよ?  もう式場では用意し始めてるし、さすがにそれは出来ないだろうって少し揉めてね。  チャペルでやりたいって言っていたのは彼女の方だったのに………」  そういうと中沢さんは頭を抱えてしまった。  突然、式を拒否。  ってことは、新婦の中にいる寄生者が教会や神域に入ることを拒んだんだな。  悪魔だ。人霊や動物霊くらいならそこまで拒否反応を示さない。式場にあるのはあくまで簡易的なものだしな。  ただ、教会と水………。あの組み合わせは、まさかとは思うが、式場の水が聖水に近かった可能性もある。教会の十字架を落としたのはそのせいか。  それまで魚が生きていた水。中沢さんの死と十字架を失った教会近辺の水。  魔女のトーカが綺麗だ、と言ったんだ……水は穢れた。  水の穢れは、月の世界の者が出入りしやすくなる。  それでトラブルが続いたんだ。中沢さんは関係ない。  新婦は最初は教会での挙式を望んでた。ってことは、その時はまだ寄生されてなかった。  何かの拍子に………悪魔と接触したんだろうな。 「新婦さんは、なにか病気とかしました?。事故で生死をさ迷ったとか」 「いや、至って健康だよ」 「そうですか……。  気を悪くしないでください。俺はあなたを救いに来た。  もしかしたら奥さんに良くないモノが憑いてた可能性もあります」 「憑き物かぁ。  僕もまさか、自分が自殺をするなんて……思ってなかった。あまり覚えてないんだ。  妻が来ないと分かった瞬間、そこからは………」 「なにかあるはずです。  憑かれた原因が」 「あ、そうだ………彼女は猫好きでね。式の二ヶ月前かな?  県内の廃墟が猫だらけになってるって有名で、そこに行ったけど、関係あるかい? 」 「何か変わった物を見ました?」  すると、中沢さんは周囲を確認して声を潜めて話し出した。 「分からないけれど。廃墟の中に何故か一部屋だけ新しいドアがあったんだ。  どれもノブが取れたり、ペンキが剥げたりしているのに何故かそのドアだけ綺麗なオレンジ色でね」  キタコレ!  廃墟や心霊スポットは次元が歪みやすい。 知らないうちに月の世界に行ったんだ。それでドアを開けてしまった。 「部屋には何がありましたか?」 「…………何かの紙と本。あとは猫の死骸だよ。  びっくりしてさぁ。慌てて出て来たよ。  こちらも不法侵入だしね。誰にも言わずにそのままになっちゃったけど……」  そこにいた悪魔に、新婦は憑かれたんだな。  どうにか人間界に残った連中に伝えられればいいけど、今更俺に出来ることはない。  時間。  十八分経過。  もう、戻れない。 「とりあえず、水の場所を教えて貰えますか?」  お互いが生きてるうちに情報を共有しておこう。  焔がある分、俺は戦える。けれど、中沢さんを守りながらは分が悪い。  俺もあの変な犬に食われんのだけは勘弁だ。 「いや、そろそろ犬が戻ってくる時間だよ。動かない方がいい」 「えぇ?」  中沢さんはがっちり木を抱えて一体化し始めた。 「三匹程度で、八班いるんだ。  誰がやったのか、背中の泥で見分けが付くんだ」  詳しい。  そんな順応するもんか? ここで生き抜くのに慣れすぎてる。 「なんか自分ん家みたいっすね。まるで何年もいたみたいに」 「ああ。それなりにね!」  そう言って中沢さんはポケットから正の字の刻まれた木の板を取り出した。 「今日で八年と一ヶ月だよ!」  そ、そんなわけねぇ! 「俺、中沢さんが亡くなってから二年で来たんですよ?  八年も経って無いですよ!?」 「いや。そんなことはないよ。  この森に朝昼晩はないけれど、僕はちゃんと月を見て数えてる」  そう言ってあの黒い月を指差す。 「違うんだ………多分、あの月と人間界の月では、時間軸も進み具合も違うんですよ……」  二年が八年と感じる?  臨死体験をして地獄を見た人間は皆口を揃えて言う。 『時間が止まってた』って。
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