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第12話 前日の夜
「じゃ、続きを観ようか」
セルに連れられて、再び紫薔薇城に来た。しかし、人間界は最早夕刻。クロツキに俺たちが移動しても体力が回復したり体内時間が巻き戻ったりすることは無い。
なので……
「あの部屋って、一人で使っていいの ? なんだか落ち着かないわね」
「オーサマ。オーサマになった気分ダ ! 」
「いやいや、セルの部屋はもっと王様だろ」
全員、宿泊の用意をし、慣れない本物のお城の客室に浮き足立ってる。
「全体的に狭い部屋が多いイメージだけど、来賓室はやっぱすげぇな」
「人間界とは物のデザインが違うわ。独特の進化なのか……それとも、それらしくわざと禍々しく作るのか……興味が尽きないわ。部屋に生け花があったんだけど知らない花ばかりで……」
「メシ ! メシは何が出るンダ ? 昼みたいな白いヤツか ? 」
「人体実験はもう懲り懲りだぜ〜」
止まんねぇ。お喋り止まんねぇよ。
「お前ら……」
傍らでセルが怒る気も失せ、しょぼくれた様子で斜め横にみょ〜んと項垂れてる。
「悪ぃって。ちょっとワクワクしただけだって」
「そうよ。普段しょーもないビルに居るからテンションあがっただけよ」
しょーもないビルって。つぐみん追い討ちかけてんな。
「心配要らねぇよ。ちゃんとBOOKは観るからさ」
本当は。
多分、全員がこれから観る惨劇を、受け入れる覚悟がまだ無いんだ。
だから、空元気で気分を上げておくだけだ。
俺たちは、これから人が死ぬところを観る。
仲間のトラウマを共に背負う。
助けを求めて来た双子の最後の姿を観る。
観るからには絶対にケリをつけてやる。
「じゃ、頼むぜセル」
「ああ。
BOOKには当時の一件を観ると言う目的でピックアップされた本が並んでるが……全部が俺のBOOKじゃない」
セルの前に浮かんでる数冊のBOOK。
多分、セルのBOOKは薄紫色の革張りの物がそうだ。それ以外に白のBOOKと水色のBOOKもある。
「前回と同じく、俺の記憶から、セイズやガンドの記憶に飛ぶこともあると思う」
「分かった」
観てる俺たちは対象人物の側に立ってるだけの感覚だから、特に違和感はないだろう。
俺たちの椅子は再び書庫の中心巨大な本棚に囲われた小さな密室の中で、円陣を組むように配置されている。
「BOOKよ ! 」
セルの前で一冊の本が、パラララ……と目繰り上げられ、開き終わる。
同時に瞼が重くなり、椅子に凭れた背が更に脱力して行くのを感じる。
***********
『暗いわね』
ここは……アメリカから移動した後の時間軸か ?
古めかしい石造りの建物内。観光客が訪れるようなところでは無いのは確かだ。
剥き出しの石の床に小さな窓は木枠が歪み、硝子が一部分欠けている。
『ここ、バチカン内かな ? 』
『いえ、イタリアって事しか……。バチカンは極めて狭い国だし、神父のセルは泊まり込めるとしても、セイズとガンドはどういう名目で連れていくのか疑問よね ? 見習い扱いなんでしょうけど、バレるわよ』
確かに。二人の強い魔力はごまかせるレベルではない。
部屋の中はガンド一人。どうやらスタートはガンドのBOOKからのようだな。
塩、そして何か油のようなもので紙に文字を描き、それを部屋の四隅に置いていく。
そこへぬいぐるみを抱いたミアがやってきた。廊下からそっとこちらを見ている。
「ミア。入っていいよ」
「結界?」
「そう。誰に視られてるかわからないし。悪魔は多分俺たちに気づいてると思うしね。そんなに苦戦するような悪魔なら、一泊しないで直行すればよかったんだ。隙がある程難しくなっていくよ」
ガンドは不安とも苛立ちとも言えない様子で顔を曇らせる。
「セイズの部屋にいたんじゃないの ? 」
「あ……うん。その……セルが来たから、なんか邪魔かなって」
「さすがに無いと思うけど。こんな前日に……」
「言いきれないじゃない ? どんな職業でも人間なんだし」
え、何 ? あいつら今チチクリあってんの !?
『セルって馬鹿なの ? 』
『男は皆んなそうなんじゃないの ? 』
『俺は違うし ! 』
『皆んな口ではそう言うのよね』
『俺は出来るウチに出来るコトしておく ! 』
『ジョルは黙ってろ……』
「結界の中だし、ミアもぬいぐるみ置けばいいよ。子供のフリなんてしなくていい」
「そうだけど。それこそナニに視られてるか分からないわ。
言い難いけど、この結界も……以前より……うまく作動してない」
ミアはガンドのそばに座ると、埃っぽい毛布を膝にかけ、その上に熊のぬいぐるみをのせる。
「嫌な予感がする。わたしの勘って当たるのよ」
「ミア……。一つお願いがあるんだ」
ガンドはミアに向き合うと、言い聞かせるようにゆっくりと語りかけていく。
「悪魔祓いが始まったら、アカツキで待機してほしいんだ」
「アカツキで ? 何故 ? 」
「悪魔の出入りがあるとしたら、必ずアカツキを通るはずだろ ?
報告書には、タールについての記述が無い。地獄の門を通って這い上がってきた悪魔は、必ず足が汚れるんだ。タールの黒色と焼焦げた地面で燻された肉の焼けた臭い。悪魔が来た形跡の一つさ。今回はそういう痕跡がない」
「パトリシアは黒色の汚物を嘔吐してるって」
「体には憑依したんだろうけど、どこから来たのかが分からない。自宅を見に行った神父の報告にも痕跡がない」
「必ずしも自宅で憑かれたとは限らないわ」
「分かってる。パトリシアの中にいるリーダー格は、この世とクロツキを行ったり来たりして惑わしてる。なのに痕跡は無い。それが気になるんだ。
難航してるなら強い悪魔である事は間違いないと思う。でも、セルみたいに自分で人間界を出入りできる術を持つ悪魔は、高位になるほど少なくなるんだ。
だとしたら、何か特殊な方法で行き来してるはず」
「何体か憑いてる悪魔のうち、一体でもアカツキでしょっ引ければ、ソイツの出入口を見つけることができるってわけね」
「ああ。憑いていた者同士なら名前も知っているかもしれない。俺からセルに言っておくよ。それなら、ここで一人待たずに……多分一番安全だ」
「分かった。
ガンド、貴方は大丈夫なの ? 」
「まぁ……やるしかないさ」
ガンドの様子はまるでお通夜状態だ。緊張している ? まさか。そんなタイプじゃねぇ。自信がないとか ? それも考えにくい。物腰の柔らかいセイズと違って、負けん気の強いやつだ。
『ガンドは何を悩んでるンダ ? 』
ジョルも俺と同じ疑問か。
しかしつぐみんはミアとガンドの様子には目もくれず、ドアの外の長い廊下の先を憂い顔で見つめていた。
『言えないのよ……。それが幸せなら……言えなかったのよ……』
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