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第13話 違和感
ゴッゴッと、ドアを叩く音がする。
ふと辺りが暗転し、セルの背中を眺める視界に移る。乱れたシャツと髪を纏めながら、少しも慌てずに長い廊下を歩きドアを開ける。
キャソック姿の神父が一人、雨に打たれながら立っていた。
「ウォルター神父。俺の出番は明日の予定では ? 」
「演劇じゃないんだぞ。着いたら直行しろ」
「今から ? 」
「当然だ ! 」
セルは不満そうにするもウォルター……ブライアン · ウォルター神父を招き入れる。
「この場所、よく分かりましたね」
「献金流して買い取った廃墟だろ ? 本部が知らないわけが無い。それもイタリア内の事を」
「悪い事をする目的じゃないですし、そう邪険にしないで下さいよ。孤児院にするんです」
セルが自室を開け、声をかける。
「セイズ、今からだ。用意してくれ。ガンドとミアにも伝えて」
中から「分かったわ」とか細い女性の声がする。それを聞き、ブライアンは眉をギュッと寄せるようにして吊り上げる。
「……言っておくが、貴様は山猫の検体だ。神父等とふざけた真似を !
不純な者。信仰の無い悪魔め」
うん ! めっちゃ嫌われてんな。喧嘩別れしたって言ってたけど、こりゃハナから嫌われてんじゃねぇか。
「そう思うなら、俺にヘルプを頼まなきゃ良かったのさ」
「ふざけろ ! 悪魔を同士討ちさせるだけだ ! 」
「同士討ちねぇ……」
荷物は着いて間も無いせいか、すぐ纏まっていた。
皮の大きな鞄二つを持ち、ブライアンの車に積み込む。更に二つの鞄が追加で玄関に用意され、セルが雨で背を濡らしながらそれも詰め込む。トランクを閉めたところで、三人が姿を現す。セイズ、ガンド、ミアだ。それを見たブライアンが面食らったように口をパクパクさせた。
「馬鹿な !! 本部じゃないとはいえ、バチカンだぞ !?
奴らも連れていく気か !? 」
「検体には検体のやり方があるんだよ。俺のやり方に承諾出来ねぇなら上に言えよウォルター」
「好きで組んだわけじゃない。
……いや。駄目だ。とにかく認められない。連れてこないでくれ。どうしてもと言うなら自分で許可を取ってくれ」
これには仕方が無いのか、セイズとガンドはミアを連れて屋内に戻って行った。
これから悪魔退治しますってのにヴァンパイア神父が一緒じゃ、まぁそうなるよな。主導権はウォルターの方にあるのか。
『不思議ね。車の中は二人乗りなのにすり抜けるようにしてわたし達ここにいるの』
確かに。車内にジョルとつぐみんと俺、そんなスペース無いはずなのに、その空間は映画のように視界が広く観える。記憶を客観的に観てるからか。守護霊とか背後霊ってこんな感じに見えてるのかな。
「報告書は読んだか ?」
「パラッとね。先入観がありすぎるのは良くない」
「それは怠慢だ。被術者の命がかかってるんだぞ ! 」
「わ〜かってるよ。読んだよ。読んだ !
ただ懐古派の段取りに、読んでてイライラしたんだよ」
「なんだと !! 」
「前見て運転してくれ〜。
まず、被術者が憑かれたのは西アフリカ。その教区の司祭はリベラル派だ。お前さんらとは違い、柔軟。病院の診察を勧めているし、両親もそれを希望している。だが、病院ではどうしようも無かった。当然さ。彼女の村には検査のできる医者も、設備もないんだから」
「悪魔憑きではないと ? 」
「そんなこともある。だが、巡り巡ってバチカンまで来たなら、単純にそうは言えない。こっちに紹介されて移送されてからも診察は受けたんだろ ? 」
「ああ。親御さんの希望でもある。医者が毎日立ち会ってる」
「……なんだろうな。違和感しかない。だって、それっておかしくないか ? 悪魔憑きだと思ったからイタリアまで来た。けれど、診察を希望して、これだけ大事になっているのに下位の悪魔一匹だけ憑いてるなんてことは無い。上の連中も考えたはずだ。悪魔祓いを出来る神父はバチカンにしかいないのか ? 被術者の憑き物が強力なんじゃないのか、と。
だがこうも言える。
バチカンまで来ておいて誰一人、まだ一匹も駆除していない……なんて、有り得ない」
「……ローレック、お前は自信あるのか ? 恐れはないか ? 」
「恐れ ? 無いよ。
俺には優秀な連れがいるんでね。だから同席をお願いしたいもんだ。被術者が優先」
「それは俺もだ。これをやりきった暁には昇進が待ってる」
これか。この一件でセルは功績が買われたんだ。一気に枢機卿まで登り詰める。
でも、どうなんだ ? それって喜ばしいものなのか ?
「不純な動機だな」
「神父らしくない、とでも ? 」
「別に。優先な仲間が居なくても堂々と向かってられるのは、憑き物が俺の同胞だからだ。所詮俺も胸に十字架を打たれれば死ぬ設定の生き物だからな」
ヴァンパイア同士でさえあんな殺伐とした付き合いなのに、とてもじゃないが他の悪魔を「同胞」となんか呼べるわけが無い。セルの減らない口がこぼした言葉なんだろうけど、誤解は深まる一方だな。
「クソ悪魔め。ソレじゃ貴様が死なないことは白薔薇の悪魔から聞いている」
そりゃそうだな。
***********
『あ、サン・ピエトロ大聖堂じゃないのね。残念』
つぐみんが目の前の教会を見て溜息をこぼす。
『まぁそうよね。悪魔憑きにあった人を本拠地に入れるわけないか』
『でも、ココも大きいゾ ? 』
『本当ね。窓を見ると部屋数が多い様にみえるけど……』
セルとブライアンは荷物を抱えると慌ただしく中へ入っていく。
「ローレック神父 ! 」
中から一人の老人が現れた。緋色の装束を着た男だ。
「お久しぶりです。猊下」
セルと枢機卿、がっしりと握手を交わす。
「君なら突破口があるかもしれんと、私が推薦したのだ。万全かね ? 」
「勿論です。
猊下、一つお願いがあるのですが、私の助手をここに呼びたいのですが……」
セイズとガンドを諦めきれないセルにブライアンが横から口を挟む。
「ゴホン。猊下、その者達は聖職者のフリをした異教徒ですよ。反対です」
枢機卿は何も言わずにヨロヨロと廊下を歩き始める。何も聞かなかった様に。
「まずは彼女と両親に挨拶を……」
真っ直ぐ聖堂へ続く廊下を歩く。大きな扉の前、ブライアンが枢機卿の代わりに重厚なそのドアを開く。
この聖堂は普段信者を入れるような造りじゃない。椅子はあの独特なベンチが二列程あるだけでガランとしている。外観の寄宿的なイメージからしても、見習いなんかが学習するような場所なのかもしれない。
聖堂の端にベッドが一つ。
その上に中年の夫婦と被術者……パトリシアと思われる娘が身を寄せ合うように座っていた。
『縛り付けられて緑のゲロ吐いてないな』
『ユーマって、いつもそう言うわよね』
『だって俺は変なモン吐いたもん』
『……そうだったわね』
「初めまして、ローレックです」
「お聞きしておりますローレック神父。ヨヴォです。
この子が娘のパトリシア · ヨヴォです」
被術者は二十代後半くらいか ? 黒人女性でかなり整った顔立ちだ。お母さんの方はむっちりした感じだが、お父さんとパトリシアは細身でアスリートのような雰囲気だ。ただ、パトリシアの皮膚を見る限り、ここ数ヶ月で急激に痩せ細ったように見える。
「アメリカからわざわざ……感謝します。どうか、どうか娘を……」
「いいえ。全て神の思し召しです。わたしもお会いできて光栄です。このような状況ですが、ご安心ください。神は力を与えて下さります。
睡眠は取られましたか ? 」
「なかなか寝付けなくて……でも、正気の間はベッドに縛らないで欲しいんです。私たちが起きてますからどうか……」
「ええ、勿論。分かりました。
ではわたしも着替えて参りますので……」
聖堂を抜けたセルが「どういう事 ? 」とブライアンを見る。
「あれはなんだ ? 憑依レベルが分からないな。
まだ縛り付ける段階にも見えないけど、わざわざアフリカから渡ってきたとは 」
「今はな。そう見える。手に負えない時は本当に酷い。なにか周期があるようだ」
「周期……」
『憑いテル悪魔が暴れる周期って、アルもんなのカ ? 』
『BLACK MOONにいただけの私の知識では何とも……。でもアカツキも新月、満月で悪魔の行き来に差が出るわけだし、もしかしたら新月の時に強い悪魔が憑依して暴れてるのかもね』
『ソウか。今はフツーに見えたナ』
確かに。アフリカから遥々、イタリアにまで来た…… ?
『そうだ…… ! そうだよ』
『何よ ? 』
『さっきセルがこの悪魔憑きはおかしいって言ってたよな ? 』
『え、ええ。医者に見せる見せないの話でしょ ? 』
『そうじゃなくて。期間を言ってんだよ。
俺がアムドゥスキアスに憑かれた時は、すげぇスピードでLv.4まで行ったんだぜ ? 』
『確かに。そうすると、今頃Lv.6に到達しててもおかしくない。
考えられるのは既にあの状態が落ち着いてるように見えて、実はポゼッション済みと言う事…… ?
でも、そうには見えないわね』
『ポゼッションしにくい体質とかあんのかな ? 』
『……信仰深い人ならそういう事もあるかもね。西アフリカはフランス領土が多くてキリスト教もかなり広まったの。
もしくは、憑いてる悪魔の目的が身体の乗っ取りが目的じゃない場合だけど……。そんなメリットは……』
『それならここに来るまでに一度離れて、また鎮火した頃、憑けばいいよな ? 』
『うーん。聖堂だから入れないとか』
『でも発作を繰り返してるなら、表面化してる時もあるんだろ ? 』
『訳が分からないわね』
腑に落ちない。
確かに腑に落ちないんだ。
難航したとは聞いていたけど、そもそもセルも今、違和感を感じてるんだ。
それが何かは俺達には分からないけど。多分そう言う事じゃないのか。
『デモデモここにセイズがいたラ、RESETして全部終われるンダよな ? 』
そう。それがセルには一番の切り札なはずだ。セルのRESETの能力は元々はセイズのものだと言ってたから。この時のセルには単純に神父業と紫薔薇王の跡継ぎという事だけ。
悪魔の中で、ヴァンパイアはそう高位の悪魔ではない。
幽霊悪魔魑魅魍魎、全てをRESETで浄化出来る力。どうしてもセルはセイズを呼ばなければならない。こりゃ内心焦ってんだろな。
セルとブライアンは奥の応接室に移動する。中にはさっきの枢機卿が座っていた。
「挨拶を済ませました」
「うむ。ここから先はブライアンを主軸に、君が助手として付きなさい。他にも昼間は多くの人が来ます」
「医者ですか ? 」
「それもいます。山猫の研究員や、他の神父も同席しますが……ほんの数分です。
……どうにもね。ヤツは同席する聖職者が狙いなようだ」
聖職者が狙い ?
「……なるほど。今落ち着いて見えたのはそのせいですか。
あくまで狙いはパトリシアではなく、祓う方の我々だと…… ? 」
「いいですか ? そもそも悪魔憑きとは神への無礼な挑戦状のようなもの。人間を堕落させるだけなら、こんな事はしない。一家全員取り憑けば言い訳ですからね。気を付けなさい。
……何晩も聖晶するには、わたしももう体力がもちませんね。お任せしますよ。ウォルター神父、ローレック神父」
「はい。
……あの。アメリカで私の教会にいた助手を招きたいのですが、よろしいでしょうか ? 」
「存在は知っているだが ここに連れてくるべき立場の者達では無い。分かってくれ」
「……分かりました……」
『あら ? 引き下がっちゃうのね』
『仕方ねぇよ。厳密に言えば完全にブライアンの言う通り異教徒の部外者だし』
『じゃあ、ナンデ死んだんだ ? この後、ココに来たのは間違いナイよな ? 』
勝手に呼んだのか ? それは無いか。ブライアン · ウォルターは頭カチカチタイプだ。孫の方が余程柔軟じゃないか ?
セルはカバンから銀のトレイを出すと、木製の十字架、聖油、聖水、散水器、帯を手早く並べて行く。
「今からやるのか ? 夜は落ち着いてるし、勝手な行動は控えてくれ」
「……何故、落ち着いてると思う ? 」
「それは……」
「疑ってかからないと。嫌な予感がするもん。
俺は山猫所有の悪魔だ。さっき一度接触して、相手も俺の正体に気付いたかもしれない。
いや、そこまでの悪魔なら気付かない方がおかしいんだ。だから探りを入れてくる」
「そんなことなら同席させて貰う ! 」
「構わないが、被術者から見えないところで離れて覗いていてくれ。
相手も何か命乞いや、ボロを出すかもしれない」
少し頭を悩ませた様子でブライアンとセルは再び廊下へ出る。
「どうしてそんなにあの助手達にこだわる ? 」
「俺の助手は高位の魔術師だ。白魔術も黒魔術も古代から現代、アジア系宗教までとにかく見境がないレベルのな。歴史に名を連ねた魔術師、マーリン、モーガン、バーバヤガ。あの双子はそれらを凌駕する」
「だとしても、悪魔に魔術は効くのか? 」
セルはピタリと足を止めると、ブライアンに向き直り深刻に静かに話す。
「双子のうち一人はRESETが使える」
「まさかっ !! まだRESETを使えるのはフランスの事例だけだ ! それも確実な情報かも分からない」
「そう。貴重な力さ。
考えても見ろよ。俺みたいなのが山猫に拾われて、あいつらみたいなのが聖職者の隣で助手をやれてる。バチカンに何か見返りが ? もしもの時はRESETで貢献しろ、という本性だ。
そうでなきゃ、普通俺みたいなのはお前みたいなのにつまみ出されて終わりだろ ? 」
「……山猫で悪魔を飼い慣らした理由か……。
RESETなら確かに安全に救えるが……。
俺たちの手柄にはならない」
「昇進の邪魔をする気は無いさ。その瞬間には俺はお前を祝うよ。素直に。
でも、RESETを持ってきてるってのは頭に入れておいてくれ。被術者を優先に考えよう」
「……分かった。勿論だ」
廊下を抜け、セルが聖堂に戻る。ブライアンは廊下の壁に同化し、聞き耳を立てる。
ベッドの上にはパトリシアだけがちょこんと座っていた。
「ご両親は ? 」
「パンを取りに行きました。出された食事が取れない時は、ナプキンに包んでしまって置くの。お腹が減ったら食べられるように」
「じゃあ、今は体調がいいんだ ? 」
「まぁね。試してみる ? 私は構わないわよ ? 」
パトリシアが肌ける仕草を見せる。セルはしゃがんでパトリシアを見つめたまま微笑む。
「それは出来ないな。だって君は僕を好きじゃないだろう ? 」
「そんなもの……」
パトリシアの声色が変わる。
〈そんなものは関係ないだろ ! ククク〉
「……名前は ? 」
〈お前より恐れ多い者だ〉
「それなら無礼に当たりますから、尚更聞いておきたいんですけどね」
〈お前からは臭いがする。女の臭いだ ! 〉
セルは仮面のように笑みを貼り付けたまま、パトリシアの中身に語りかける。
「そうそう。だからパトリシアと云々じゃないんだ。浮気で殺されるよ」
〈……貴様はエクソシストでは無いのか〉
これには悪魔も困惑だ。そうだよな。エクソシストですって来た神父が彼女持ちで悪魔だもんな。俺でも混乱すると思うぜ。
〈異教の悪魔め。それで俺を祓えると思うな〉
「宣戦布告か。何が望みだ ? 」
〈崇高な使命の元、我は行動する〉
「……。
ふーん。じゃあ、もう今夜は身体をパトリシアに戻してくれよ。移動で疲れてるんだ。
自己紹介済んだし、明日からガッツリ根比べしようぜ悪魔さん」
〈グルルルル〉
一際大きな唸り声を上げたが、悪魔はパトリシアの内部に鎮火して行った。
「パトリシア !
神父様 ! 今のは !? 」
お母さんが駆け寄ってきたが、セルは立ち上がると「もう今夜は休みましょう」と話を持って言った。
「俺が来た事で刺激してしまったようです。相手も今夜は引くようなにで、一先ず体力を温存しましょう」
「わ、分かりました」
「……お母様がご自宅では掃除をされてますか ? 」
「 ? はい。そうですが」
「なにか、汚物を見ませんでしたか ? 黒くて、溶けたキャンディのようなものです。もしかしたら放熱もあったかもしれません」
「……いいえ。無いです」
「自宅の写真で撮っていない場所はありますか ? 」
「……洗面台のある浴室でしょうか。プライベートな空間ですし、娘も若いですから。
でも、そういったおかしなものは見た記憶はありません」
「分かりました。
では、また明日きます。緊急の時はどうぞ遠慮せず呼んでくださいね」
セルは再びブライアンを連れ、部屋へ戻る。
「見たか ? 両親は手ぶらで戻ってきた」
「…… ? パンが残ってなかったとか ?
それだけでは、悪魔の種類さえ分からんさ」
「……」
「ローレック ? 」
セルは心ここに在らずという感じで、腕を組んだ。
「この違和感の理由はなんだ ? 違和感……今の会話に……パンじゃない。パトリシアは……。それは悪魔憑きでは普通にする……」
何やらブツブツと言っている。
「俺の寝室ってあるの ? 」
突然の脈絡のない質問にブライアンは眉を寄せたが、暖炉の上から鉄の鍵を渡す。
「寝室に行くなとは言わんが、緊急時にグースカ寝られては困るぞ」
「分かってるよ」
セルは鍵を受け取ると、聖具はそのまま残し寝室へ向かった。
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