第16話 双子の契約

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第16話 双子の契約

 セルには気付かれないようだ。  守護霊とは言っても、遙か高次元の存在のメタトロンだ。さすがにヴァンパイア如きには視えねぇってわけか。 「昨日は眠れた ? 」  思わず全員が無口になっているのに気付き、セルは気を使って話しかけてきた。  正直、焦りと緊張でドキドキしてる。 「お、おう。すげぇ豪華部屋だった。贅の限りだった」 「和食は美味しいのね。大満足」 「オレも葉物の料理好きダ ! 」 「そっか。  それじゃあ今日は例の事件を観る。だいぶ色々試したんだが、普通の悪魔祓いを  続けるだけで成果がなかった。どうにもならず、枢機卿も参加になったよ。  BOOKよ !! 」  ヒュバ !!  並んだのは三冊。  残りたった三冊しかないのか……。  セルがBOOKに神経を集中させる。  装丁の表紙がバタッと広がり、ページがバラララッと扇形に拡がる。  そしてある一枚を頂点として動きが止まった。  身体が……力が抜ける……。  次第に瞼も重く…… 「足を押さえろっ !! 縛り付けるんだ !! 」  想定以上の大声にびっくりして目を開ける。  既にBOOKの中だった。  聖堂の真ん中にベッドが移動していて、そのベッドの上でブライアンが仰向けになったパトリシアに馬乗りになっている。 「縛り直せ ! 早く !! 」  パトリシアは背骨の構造を無視した動きでブライアンから逃げるように、腰部分から半回してベッドの上に腕力だけで這い上がる。 「逃げられるぞ ! 」  枢機卿が声を荒らげる。  最早、聖唱をしている者は誰一人いなかった。  暴れ出すパトリシアは尚も足のロープを引きちぎり、ブライアンの頬を引っ掻く。 「痛っ !! くっ、駄目だ !! 抑えきれない !! 」  ベッドから抜け出したパトリシアは軽々しく神父達を飛び越え、壁に張り付く。  そして枢機卿を見据えると、止める暇のない程のスピードで掴みかかる。 「ぐは !! がっ……か…… !! 」  息も出来ないほどの力で首を圧迫され、一気に噛み千切られる。 「ブライアン !! 」  セルだ。  聖堂から続く寮の廊下から猛ダッシュで戻ってきた様だ。  手にはトーカのリボンを持っていた。 「セルシア !! 済まない !!  彼らの応援を頼む !! 」  セルはリボンを手に乗せ、唱える。 「GATEよ !! 」  ドン…… !!  鈍い音を立て、姿を現す黒い扉。  バンッ !  間髪入れずに飛び込んできたのはセイズとガンド。  待機していた二人だ。  一瞬で攻撃態勢に移る。 「皆さん、伏せて ! 」  セイズの声に全員頭を下げる。  ビシッ !!!!  セイズに隠れるようにしていたガンドが、パトリシアを真っ直ぐ捉え、人差し指を向ける。 『フィンの一撃だわ ! 』 「精霊よ ! 」  指先が青白いイナズマを放ちパトリシアに向かう。  ところが…… !!  パァンッ !!  パトリシアのひと薙ぎで弾かれてしまった。 「そんな !! 」  驚くセイズとは対称的に、ガンドは手の平をじっと見つめ魔力を確認する。 「駄目か……」 〈フィンの一撃カァァァ……。術者と巫女だな !!  だが残念な事だ ! その巫女には穢れがある !! 〉  セイズが気付き、ガンドに振り返る。  この様子だと、セイズに自覚は無かったんだ。 「なんで言ってくれなかったの…… ? 」 「……」  ガンドは無言だった。 『フィンの一撃、なんで効かなかったンダ ? 』 『現代の認識とは違う。巫女は処女性が大切なの。ガンド魔術とかつて呼ばれた、彼の魔術は、セイズが処女であって初めて魔力になる。恋人の出来た巫女に、フィンの一撃を撃ち込むほどの魔力が供給できなかったのね』 『……セイズは好きな奴と一緒いたダケ。悪いコトか ? 』 『そうでは無いわ。ただし、こんな仕事じゃなければね……』 〈お前ら…… ! 〉  パトリシアが殺気を落とした様子でセイズとガンドをよく分からないものを見るようにジッと伺ってきた。 〈うひひ。お前ら……そうか……。  ならば捧げろ ! 俺に ! それで手打ちにしてやる !! 〉 『な、なんだ ? 悪魔の方が急に交渉持ち出してきたぜ ? 』 「やめろ !! ふざけるな !! 」  枢機卿の息は既に無い。  それを抱えあげたブライアンがパトリシアに叫ぶ。 「悪魔め !!  神よ。力をお貸しください ! 」 〈ふん ! そんなもの何も意味が無い !! 神は俺だ !!!!! 〉  ブライアンに掴みかかろうとするパトリシアの前にセイズとガンドが立ちはだかる。 「恥さらしもいい所よ。要件を飲もうじゃないの」 「ああ。俺たちは俺たちのやり方でお前を狩る。  あんたの考えはどうでもいい。  契約を」 「ガンド ! やめろ !!!!  なんでこんな交渉に従うんだ !!? 」  セルの叫びは届かない。 「わたしたちの与えられるものは与えるわ。  でも、このやり方は違う。  こんなやり方は正しくない」 「俺もそう思う。  色んな地域を見てきた。貴方がたの力で生きながらえ、国を点々とし……。  我ら信者は永久。信者いる限り宗教は無くならない。故に貴方も同じだ」 〈……現代にまだお前らのようなのがいたとはな………。  よろしい。  では、身体と精神を寄越せ !! 穢れた巫女の身体は要らぬ。巫女は精神を、フィンの男は体をよこせ〉 「……いいわ」 「やるよ。  二度とこんなことはやめてくれ。キリスト教信者が悪いんじゃない。  全ての罪は人の中にある」  二人とパトリシアに憑いた悪魔。  そのやり取りに口を出そうとするセルを、周囲の神父全員が押さえ込んでいた。 「離せっ〜〜〜〜っ !! 」  今まさに仲間が悪魔に喰われんとする時。  セルは無情にも同職の聖人に抑え込まれていた。 「セル、これで収まるから。こいつは神父に倒せない。  今までありがとう」 「っ !!  駄目だ !!  行くな !!  やめろ !!  やめろーーーーーっ !!!! 」  何が起きた ?  意識を失い倒れたパトリシア。  そして姿を消したガンドと、ぼんやりと人形のように座り込むセイズの姿。 「う………うわぁぁぁぁぁぁっ !!!!!!!! 」  全く分からない。  どうしてこんな要求がまかり通ったのか。  二人はどうして簡単に交渉に従ったのか。  もっと、二人が大健闘して、派手に争ってから死ぬものだと思ってた。  あまりに簡単に奪われた命……残酷過ぎて、言葉が出ない。  残されたパトリシアと、人形のように座り込むセイズ。  そして……ガンドはどこにもいない。 「セイズ !! 」  周囲の神父はただ呆然と立ち尽くしていた。  セイズに駆け寄ったセルはセイズの瞳を覗き肩を揺さぶる。 「わ……たし……の ゆ……いごんを……お願い……」  僅かだが、まだセイズの意識は残っていた。 「わ、わかった ! 身体は言われた通りにする !!  他には !? 」  セイズの肩を抱き寄せ、必死に気道を確保するが……そんな事は無駄だと分かってるだろう。  たった今、二人は悪魔と契約したのだから。 「わたし……の、resetのち……力は……これを……」  セイズは胸の奥に、指先をズズズと沈ませると、何かの小袋をとりだす。  布に巻かれた拳程の物体だ。 「……これが……あれば……」  そう言って、セルの身体に埋め込まれていく。 『うそ…resetは体質だけじゃないの !? あれはまじない !? 人工的にresetの能力は作れるの !? 』 「どうして交渉を受け入れたんだよ !! 」 「あれは……いにし…えの………………」  ここまでだった。  セイズはマネキンのように天井を見つめたまま、もう何も聞こえないかのように死んでしまった。  死んでしまった。  身体は生きてはいても。  悪魔契約なら病気のように奇跡の目覚めはありえない。 「ああああああああああああっ !!!!!! 」  周囲が暗くなる。 『暗転する。記憶が飛ぶわよ』  つぐみんの言う通り、場所が変わる。  周囲を見なくても、そこが病院だと分かった。  ベッドに横たわる骨と皮だけの男。 『セル……』  俺がBLACK MOONに来たばかりの頃、一度だけ覗いたセルの過去だ。  見る影もない姿に全員、何も言えなくなる。  病室は個室だが、窓とドアに鉄格子が嵌っている。  ゴンゴン !  ドアが音を立てる。  入ってきたのは山吹 蓮司だ。 「どうだ ? 具合は」 「……特に……」 「特に……か。  ブライアンが神父を辞めたよ。お前に枢機卿の話が持ち上がってる。今回の事もあって推薦状も出た。  医者はロボトミーを勧めているが……」 「はあ……」 「あれは既に禁止されてる。受けんほうがいい。お前が人間なら止めはせんが、紫薔薇の跡取りが受けるような治療では無い」  セルは俯いたまま無言だ。 『もう、どうしていいか分かんねぇんだろうな』 『ロボトミーってナンダ ? 』 『脳の一部を壊す手術よ。今は禁止されてるわ』 「トーカはお前が建てた孤児院にいるが、あのまま子供たちと過ごすのも酷だ。歳を取らんから人間に養子に出すことも出来ん。  どうだ ? お前、新天地でゆっくり暮らすのは」 「……」 「比較的にキリスト教徒の少ない国で、戦後の復興に向けて進み始めた場所だ。  日本。  今は酷い有様だが、なかなか興味深い島国でもある」 「……」 「どうせ寝込むなら、この場所を離れた方がいい」  セルは静かに頷いた。 『戦後……戦後かぁ。東京で悪どい商売始めるまでかなり時間が開くわね……。ま、この様子だとすぐには無理かぁ』 「それと……。生命維持を切ったあの娘の遺体だが……」 『 !! 』 「遺言を確認した通り、書いてあった手法で保管しておいた。  早く会ってやれ」 『そっか……身体は取られなくても……』 『意識が無いなら分かるけど、廃人化しててもやるものなのか ? 』 『こればかりは時代背景もあるかもね。普通はやらないけど、あの状態じゃ食事も排泄も出来ないと思うし。  意識が戻らないのはバチカンの神父全員が知ってるものね』 『せっかく身体取られなカッタのに、これじゃ同じダ ! 』 「準備が出来たら何時でも連絡してこい」  これで……終わり ?  結局、あの二人はナニモノに気付いて、なんであんな交渉を受けたのか。  何も分からなかったわけだ。  セルから見たら、加勢するはずのガンドのフィンの一撃は自分がセイズと恋人になったせいで使えなかった。  その責任を取るかのように、二人は悪魔との契約を受け入れた。  そんなふうに見えたはずだ。  けれど……。  明らかに、セイズもガンドもパトリシアの中にいた者の正体を見抜いていた。  身体がフラりと三半規管をやられるようにふらつく。  気が付くと全員、紫薔薇城の書庫に戻って来ていた。 「これで全部だ」  セルが俺達に声をかける。 「大きなしこりを残したまま終わってしまった。  俺はトーカと東京に来てから暫くは教会の設立なんかをしてたが、そのうちエクソシストに逆戻りさ」 「……そっか……」  俺とつぐみんの視線が合う。  俺から言うべきか。 「あのさ、セル。  復讐しないって言ってたろ ? 」 「ああ」 「あの悪魔の正体が分かっても ? 」 「……それはどう言う意味だ ? 」 「俺、復讐はするつもりねぇけど、コキュートスにあるガンドの肉体とセイズの精神体を解放して、薔薇園にいるガンドの魂を解放したいんだ。  今日はBOOKだけ見て、あとはどうしようかゆっくり考えようかと思ってた。  でもあったんだよ。突破口が ! 」 「……悪魔が分かったのか…… ? 」 「ああ、でも俺じゃねぇ。  ミスラ、出てきてくれ ! 」  俺の背後。  スゥっと滑り出るようにミスラが姿を現す。 「初めまして紫薔薇王。  わたしはゾロアスター ウルスラグナに仕える善神 ミスラと申します。  また他では、メタトロンを兼任しております」 「なっ !!?  ユーマ、お前の守護神か !?  い、いや。  どうぞミスラ様、お掛けになって下さい」 「あー、ご丁寧にありがとうです〜」  急にかしこまるセルと、急に素に戻るミスラ。  不謹慎だけど、俺もう笑いたくて仕方ないんだけども。 「セル。俺はあの聖堂に行ってから、あんたを監視してる悪魔が居たのに気付いた。  黄色いデカ目の悪魔だ。  そして、そいつは過去を観ている俺達に気付いて俺を見てた。  意味がわかるか ? 」 「有り得ないね。  BOOKで観に行くのは思念体みたいな物。霊体でも無ければ実体でも無い。  BOOKはそう創られている」 「いや、確実にあの悪魔は俺を見てた。  だから思ったんだ。  ミスラ程の天使を連れて行ったら何か手掛かりが分かるんじゃないかって。それで召喚して、今日のBOOKはミスラも一緒に観た」  ここからはミスラが手を挙げ、話始める。 「昨日、ユーマから話を聞いた時……わたしの中でも相手の正体にいくつか候補に上がる者は居りましてぇ。  で、今日BOOKを観て、あの光景……いえ、正確にはあの双子の方と悪魔の会話を聞いて、確信に変わったのですよ。  わたし、あの者を知ってます」 「……何者なんだ…… !? 」  全員の生唾を飲む音が聞こえる程の静寂。  ミスラは目を閉じ、静かに口を開いた。
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