第17話 ヴードゥー神 レグバ

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第17話 ヴードゥー神 レグバ

「ちょ……ちょっと待って下さい」  セルは口元をさすりながら、何か考えこむ。 「場所を変えた方が…… ? ここは腐っても地獄……BOOKの要塞とはいえ……」 「あぁ、確かに安全とは言えないかもです。じゃぁ、場所を変えればいいのですよ」 「みんなで行くノカ ? どこに行けばいいンダ ? 」 「そうですねぇ。では、セルシアさんのお部屋はどうでしょう ? 彼女のいる空間は特殊な次元のはず……違いますか ? 」 「…………」  セルの顔色がさっきから真っ青だ。 「……きっと、貴女には、どんな嘘は通じないんでしょうね……」  そりゃそうだ。 「ミスラとしてなら何も詮索はしないつもりなのですよ ?  でも今回はメタトロンとして来てますので。貴方を神父として見ますし、ヴァンパイアとしても見るのです。  安心してください。人の生活における必要な嘘、重々承知の上ですよ」 「分かりました。じゃあ、移動しましょう」  ********  部屋には結局、みかんとトーカも合わせ……そしてミスラで七人が揃った。  大福だけは厨房にいる。協力しない訳じゃない。神や仏の恐ろしさを知っているからこそ関わらねぇんだ。 「遂に悪魔の正体が分かったのね……」  トーカも複雑な心境なようだ。 「ではお話しますね。  あの者の名は『レグバ』。  ヴードゥー教の神の一人です」 「神っ !? 」 「はい。昨日観たBOOKでもパトリシアさんに憑いた者は「我こそが神だ」と断言しているのですよ。  それはヴードゥーにおいて自分は神だ……と、双子の魔術師に言ったのです。  セルシアさん、双子がワンセットで使う『フィンの一撃』とは、一族の中で継承されるものです。恐らく彼らは出身は北欧なのでしょう。ですが、人種はどう見ても黒人……恐らく二人は体を変えて生きていたのです。  民間信仰であったヴードゥーが力をつけ、本格的に宗教として動き出したのは、皮肉にもカリブを渡り十七世紀に奴隷になったフォン人によるもの。ヨーロッパ魔術と民間信仰のヴードゥーが混じり、更に磨きがかかった……。  なので、アメリカのハイチに来た頃はヴードゥーの中に、キリスト教の悪魔も神として融合してるんです」 「双子がヴードゥーも学んでたとしても……。別の身体に引っ越して人種が変わった……って事か ? 出来るのかそんなこと」 「魔術なら可能ですが……それが出来るほどだとするとあの双子は相当なプロなんですよ。  定かではありませんが……色々な魔術を学んだのだと思われます。  セルシアさん、二人の学んだ魔術の中にヴードゥーはありましたか ? 」 「ああ、むしろ得意分野だったよ」  セルと出会ったばかりの、あの隠れ住んでた教会でも、魔導書に囲まれてたな。 「ヴードゥー教の魔術も、術師と巫女が必要です。二人にとって、学びやすいうってつけの宗教だったのかもですね。  ですので、彼らは相手がレグバだと言う事を一目で見破り、またレグバも双子がヴードゥーの魔術師だと確信したわけです」 「ヴードゥー教の神が….…なぜそんな……人に憑いたりするの ?  巫女の身体にいれて、信託を聞いたりはするでしょうけど」  トーカも声がかすれてる。 「アメリカ ハイチに行くまで、ヴードゥーはかなり下火になった時代だと思います。フランスからの圧力により、当時アフリカには隠れヴードゥー信者は多くいたんです。  キリスト教徒を演じながら、本当はヴードゥー教を信仰している……とても多かった記憶があります。  恐らくですが、パトリシアさんの家もそうだったはずです。だからレグバに憑かれたのですよ」 「神がどうして…… ? そこが分からないわ」  セルが手で顔を覆ってれいたが、後悔か嘆きか、暗い表情でズルリと手を下ろす。 「そうか……そうだったんだ……」 「なんだよ ? 」 「パトリシアは正気を取り戻し、穏便に教会から帰ったそうだ。  けれど、あの時、パトリシアの両親達が宿泊していた部屋に、キャンドルの燃えかすと何かの灰があったと聞いた。  後からだ。ブライアンから最後に会った時にそれだけ聞いて……二人で悩んだ記憶がある」 「恐らく動物の骨か人形なのです。  ヴードゥー教の神官はオウンガンと言い、巫女に神を乗り移らせコトバを聴きます。  恐らくパトリシアが巫女で、お父様がオウンガンだったのでしょう。神父を呪い殺すにはお母様はボゴだった可能性まであります。  とても長い宗教弾圧。  そこでキリスト教の心臓部に潜り込み、一矢報いようとしたのですよ。  だから、件の悪魔祓いでは神父が多く犠牲になったのです」 「ちょっと待って ! 」  ミスラの説明にトーカが真剣な目を向ける。 「わたしは二人を孤児院の宿泊場所からゲートを通して、セイズとガンドを直接アカツキから聖堂に送ったの !  その後、ずっと聖堂の中のアカツキで悪魔を探したのよ !  神でもアカツキは通るわ。どんな存在でも地獄の門である白薔薇城が厳重である限り、神もアカツキを通るはずよ !? 」 「はい。それがキリスト教と繋がるのです。  レグバには無理です。アカツキを通らないと人間界には出て来れない。神である分、いくらか自由ですが、わたしもそうなのです。アカツキは全ての世界が交わる場所。  では何故アカツキを通らずレグバは行き来が出来るのか。  実はこれが出来る者はただ一人しかいないのです。  悪魔『トリックスター』です。別名 『十字路の悪魔』とも言われています」 「十字路の悪魔 !? 知ってるわ !  十字路に願い袋をいれて頼み事をすると願いが叶うっていう」 「そうですそれです。  そもそもトリックスターは完全な悪魔でも神でもありません。  とても気まぐれで……とにかく彼の中で小学生のイタズラのノリでやるイタズラ事は、第三次世界大戦が起こす….くらい、とんでもない感覚なのです。  ゾロアスターも一度、聖火の火を盗まれたんですよ ? 何をしても燃えなくて….…ようやくトリックスターをとっ捕まえて、火を何故盗んだのか聞いたら彼はこう答えたそうです。 『薬物に火をつけるため』と」 「最悪だな」  それまで黙って聞いていたみかんが苦虫を噛み潰したような顔でティーカップを持ったまま固まってしまった。 「みかん ? 」 「トリックスター ? トリックスターでしょ ?  無理だよ。あんなのと交渉出来ない」 「はい。正直、彼は神の言うことも、サタンの言うことも聞きやしません。自由奔放なのです。  唯一、『奇跡』や『歪み』を自由に使える異質な存在です。  よくあるでしょう ? 『異世界に転移した』とか言う本。あれ、だいたいトリックスターのイタズラです」 「……この世に本当にあるんだ……異世界転生って……」 「ありますね……。しかもイタズラです。使命とかも、本当はデタラメです。魔王もトリックスター本人です」 「……怖えなトリックスター……やりたい放題かよ」 「まさに制御システム故障の奇跡装置なのです。  ですがサタンに屈してないと言うのは強みでもあります。  彼は大きすぎる代償をとったと思いませんか ? 」 「パトリシアに憑いて、バチカンでテロ行為を起こしたって事だろ ? 」 「はい。  それを手打ちにするのに、プロの魔術師二人が犠牲になったのですよ。  かなり強力な魔術師が二人です。  恐らく彼自身、魂は取っても、自分の物に吸収出来るほど容易くなかったのです。  当然です。ただのヴードゥー信者というだけならともかく、一人は強力な巫女。もう一人はフィンの一撃の継承者。更に『ガンド』と言うのは魔術の名前ですので、双子の本名すら、トリックスターは知らないでしょう。 『ガンド魔術』の使い手の一番の得意分野は幽体離脱なんです」 「そっか ! トリックスターは肉体をとったとは言ったけど、殺したとは言ってない。  肉体を奪われても、ガンドの魂は自由に動ける……だから監禁だったんだ。  あの薔薇園。トリックスターが作ったガンドの檻 !!? 」 「オレが視た、薔薇園のオンナのほう。あれは人じゃなかっタ。  アレがトリックスター ? 」 「だと思われます。トリックスターは内側から食い破られるのを恐れているのです。  代償としてとった双子がそこまで強力な魔術師だと思わなかったのですよ。  まだ勝機はあります」  勝機がある !!  待ってたぜ、その言葉!! 「俺たち、じゃあどうすればいいんだ !? 」  見えてきた !
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