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第2話 (下) 被害者のゴン
俺は三百万の袋を小脇に抱えながらATMに向かった。
最初はこのまま帰ろうと病院を後にしたけれど、いざ路上に出てみたら普通のメンタルで歩けなかった。今まで手にした事の無い大金だぜ !? 怖ぇよ……。道行く奴らが強盗かスリに見える……。
い、急いで口座に !!
使う時下ろせばいいし ! いや、それじゃ不経済ってやつか ?
いやいや。家に置いといたら、うっかり帰宅した親父に盗まれちまう !
……親父に盗まれるって、なんだよ……。
何なんだろうな。
ジリジリとうだるような暑さの中、道すがら橋の欄干から下を見下ろす。
「はぁ……」
あの神父、本物か ? おかしな宗教とかに巻き込まれねぇかな。
でも、何の能力も無かったらアカツキには来れてねぇはずだし……。
この街に未練なんか無い。
やっぱりここで燻ってるより、いっそ飛び出してしまった方が良いのかもしれねぇな。
「宮城か……」
そう特別に遠いって訳でも無いしな。
駄目なら帰って来ても……。
いや、現地でやり直したっていい。ここには戻らねぇ方が……。俺には止めてくれる奴も勧めてくれる奴もいねぇし。自由な事を活かすべきだよな。
その時、路肩に一台の車が停車して助手席のウィンドウが下がる。
「あれ…… ? 悠真じゃないか」
誰だ ???
「久しぶりだな ! 俺。俺だよ俺ぇ〜 !! ガハハ !! 」
車内にいても分かるくらい、かなり大柄の男だ。歳は同じくらいだと思うけど……。全く面識ねぇ。
「なぁ、ちょっと待ってて ! 」
男は一度走り去ったが、今度は徒歩で戻って来た。橋の先に車を停めたようだ。
まさか……ノックアウト強盗 !!?
俺、やられるっ !? おいおい、俺は現実世界じゃ戦闘力0.5くらいしかねぇぞ !
でも俺の名前知ってたよな…… ?
「いや〜、久しぶりだ ! 元気してたかよ !! 」
久しぶり……って、顔も知らねぇんだけど。
「あ……えっと。俺、実は……」
な、なんて言えば !
「し、しばらく入院してて、記憶が曖昧で〜、ハハハ。
ど、どちら様〜 ? 」
ドラマかっ !! もっとマシな言い訳ねぇのか !
記憶が曖昧とか、そんな頻繁に起こるかよ、俺っ!!
けど、男は急に真剣な顔んなって、俺を憐れむように見下ろしてくる。
「マジか……。お前の所……結構、被害大きかったもんな……。そっか……えっと……記憶が曖昧って……やっぱ精神的なアレか ? 」
おいおい、滅茶苦茶心配してくんだけど……良い奴かよ。
こういう時、どう言うのがマナーってやつなのか全然わかんねぇ……。
「あ〜。うーん。
ごめん !!
実は、俺お前の事、覚えてねぇ !! 」
「えっ !!? 」
「いや、ごめんて。
あ、まさか先輩とか……っすか ? 」
「マジかよウケる ! 俺だよ ! 西郷 厳鉄郎だよ ! 同じ四年二組だったろ ! 」
西……ゴン…… !
「えぇぇぇぇぇええぇっ !!! 」
厳鉄郎って、もっとヒョロいガキで覇気の無い幽霊みたいな奴だったぞ !?
「中学以来だな ! あん時ゃあまり接点無かったけど……」
「まさか本当にゴンテツ ? オレオレ詐欺とかじゃなく ? 」
「おめぇから詐欺で取れるもんあんのかよ ! 」
今は、ちょっと持ってます !!
「ゴン……お前だったのか…… !! 」
「……そのセリフは突っ込んだ方がいいのか ? 」
*************
厳鉄郎はみんなからゴンテツとかゴンって呼ばれてた同級生だった。当時は皆いじめるって言うより、存在を認識してないっつーか。ゴン本人もあまり話すタイプじゃなかったし、仲間に入れても付き合いの悪い子供だった。
だから、次第に皆の輪から外れて行く。誘っても、どーせ来ねぇからって。放課後のサッカーも、オンラインゲームのパーティでも、一緒に遊んだ記憶ってのが無い。
ただ、唯一。
俺とゴンには共通点があった。
「親父さんは元気か ? 」
悪気があって聞いてるんじゃない。こいつの場合は。
「家には帰んねーな。女いるからそっちにいる」
「マジか……。それも辛いな」
俺の母親は随分昔に癌で死んだ。
癌だと分かった時、知り合いの占い師だかが『気を送って治療出来る』とか言って、母親を隔離して治療行為を施した挙句、莫大な金を取られた。
結果、病状は悪化。母さんは助からなかった。
「ゴンの家は ? あれからどうしてた ? 」
「相変わらずだよ。お袋は病院に入院しっぱなしになったな。会いに行っても、ぼ〜っとしてて……罪悪感が抜けないんだろうとか医者は言ってたけど……」
ゴンの家も俺の家と同じ霊能者に騙されていた。
お互いに知ったのはその霊能者の女が逮捕されてから。呼び出された警察署近くで顔を合わせて、お互いの事情を知った。
その時のゴンの母親は、すげぇ取り乱して半狂乱になっていたのを覚えてる。
「確か、お前の虚弱体質かなんかで通ってたんだよな ? 」
「健康になる水だの、筋肉を鍛える鞭だのな〜。酷い目にあったな ! グハハ ! 懐かしいよな」
こいつの場合、児童虐待の被害だった。
「それにしても、今はすげぇ体つきだな。そーとー鍛えてんだろ ? 」
むしろ、ガチの筋肉勢。虚弱体質はどこいったんだよ。
「ああ。身体は自分で鍛えるものだな ! 筋肉は裏切らない !! 」
ああ、詐欺被害の恨みがそっちに転がったんだな。俺に比べたら健康的だ。
「まぁ。健康が一番だよな。うん」
「面会で母親に今はこんな体だし、もう大丈夫だよって声掛けても……余計に考え込んじまったみたいでさぁ。俺は良かれと思って鍛えたんだけど……」
「お前のせいでも、お母さんのせいでもねぇよ。
悪いのは全部あいつだった」
ゴンは俺の言葉を受け入れるように、ゆっくり二回頷いた。
「そうだ。悠真はこんな昼間に……大学に進学だったのか ? 」
俺の家の経済状況からして、傍目にもそうには見えないはずだけどな。
つまり、今仕事してんのかって事なんだろうけど。
「いや、進学なんかしてねぇよ。分かってるだろ〜」
「そっか。仕事は ? 」
言わせんな !
「無職だよ。ハハハ。これがもうひもじくてさぁ〜。俺、泣いちゃう ! 」
笑って見せた俺に対して、ゴンは不思議そうな面持ちをしている。
「え……でも。悠真なら、霊能者とかになれるんじゃないの ? 」
「あ〜……そりゃ無理だろ」
ゴンは俺の霊感を知っている。
「商売になるほどの力ってどんだけだよ」
「それなぁ〜。俺もほんとそう思うわ。あって無いようなもんだよな、こんな力」
ゴンは一家全員が霊感持ちだった。多少、霊現象を体験したことがあるって程度だけれど。所謂、オカルト好きだったんだと思う。
だからこそ、騙された。
視えるからこそ、悪魔のコテ先の力に翻弄されたんだ。
まぁ、確かに俺はアカツキに行けるから稼ごうと思えば出来るのかもしれないけど……倒しました、除霊しましたって、どうやって証明して金貰うんだろう。
視えない人からしたら、そんなあやふやなものに金を出すんだろうかって思う。
そういうところ……あの神父が言ってたように、専門で商売してる奴なら依頼も来るのか ?
「仮に……。俺が霊能者になるって言ったら、どう思う ? 」
ゴンは空を見上げて、ウーンと言い真剣な顔で眉を寄せる。
「それに、俺は悠真があん時みたいな胡散臭い霊能者になるなんて反対するな。
あ〜、でも視えるのは信じる。俺も視えるからな。
ほら、あーゆーのとかさ」
そう言って橋の反対側の欄干に立っていた女霊に目を向ける。
「へ〜。心配あんがと」
「心配っていうか……。
俺たちみたいな被害者なんて……世の中に必要ないんだよ……」
「ゴン……」
そうだな。別に人助けだと思えば、やる事は今までと変わらねぇ。
神父……と、その仲間がインチキ極まりねぇぼったくりなら身を引こう。
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