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第4話 無断霊視は覗き扱い
テーブル席から一番手前にいた奴が、俺に気付き立ち上がった。
気軽に「よろしくっ!」って言いたいところだったけど、俺の視線は遥か彼方。へその側辺りだ。
予想外の同僚の姿に、言葉が出なかった。
金髪のツインテールに大きな赤いリボン。
ロリータファッションに近いのか? 黒のブラウスにベルベット素材のワインカラーのタイ。スカートも黒のフリル。そして車のボディのようなピカピカの赤の靴。
「彼らがバチカン非公認エクソシスト。通称『クロツキ』の日本人チームだ。
彼女がミッションリーダーのトーカ」
リーダー格……?
まじかよ!!
「ゆ、悠真です。お世話んなります」
子供じゃん!!
「早かったわね」
俺の半分くらいの小さい手のひらを差し出してくる。
………こないだ助けた男児と年齢的に変わんねぇんじゃねぇか? 童顔なわけじゃねぇ。マジで子供なんだけど。
「トーカよ。よろしくユーマ」
話す度にリボンの付いたツインテールがぴょこぴょこ揺れる。
一体何者なんだ……?
そもそもこのロリータちゃんから感じる気の質はあまり見ねぇタイプだ。
「…………?」
不自然さを見極める為……と言えば言い訳だけど。無意識って言うか、癖だった。
トーカを霊視した。フラッシュバックするように頭の中に、写真と変わらないリアルな映像がいくつも流れ込んでくる。
頭上に広がる深い闇夜。
夜だ。
そして一軒の屋敷。暖炉のある広いリビングルーム。大人の女が居る。額にはビッチリと汗をかき、涙で頬を濡らしソファのクッションに顔を埋め込んで嗚咽を上げる。
黒いドレスにコルセットで絞めた細いウエスト。
机には大量の本と……絨毯にはなんかの魔法陣……?
「ユーマ?」
トーカの呼び掛けに一瞬で現実に引き戻された。
「えっ? ああ。聞いてるよ!」
今の女……トーカじゃないか? もしくは双子……? 親にしては顔が似すぎだ。子供にしては眼差しがすげぇ、冷たいんだ。
ぼんやりとした俺をトーカは真下から睨みつけた。
「あんた。今、私を透視したわね?」
ば、バレてる!
「えっ、あ……」
「いつもそうなの? なにか気になることでもあったのかしら?」
ダメだ。言い訳なんて聞かないだろうな。
とんでもねぇプレッシャーだ。
「ごめん。本物のエクソシストのヘッドって、どんな奴……人なのか気になってたからさ!
でもそっ、そんなに見てねぇよ!」
トーカは襟元のリボンを締め直すと、ため息混じりに落ち着いて俺から離れる。
「ま、まぁ。それなりの行いをすれば、貴方もすぐに役に立てるわ!
でも、視える者同士で突然相手を霊視する……それは覗きと同じよ。以後、気をつける事だわ」
くそ〜随分、偉っそうに喋るな。
ああ。今見えた女が本当の姿って奴か。本当はガキじゃねぇんだな。なんでわざわざそんな見た目にしてるんだ?
セルシアがコーヒーの入ったカップをテーブルに置き、座るよう促してくる。
「まぁまぁ、彼も予備知識0で来たわけだし、そう噛みつかないで」
「別に怒ってないわよ。
そうねぇ〜ふふふ。むしろ好青年そうで安心したわ」
十歳以下の子供が十八の俺を見て『好青年』とは言わねぇだろ。
ダメだこりゃ。頭が混乱する。
「ユーマ、とりあえず気楽に名前だけ覚えろよ。一度に理解しようとするなよ」
セルシアは皮肉の様に、悪い笑いでトーカを見る。
「迂闊に他人を覗くと変態扱いされるから」
「だってそうじゃない!誰にだって事情はあるわ!」
事情……か。そうだ俺も母親の仇を追ってるんだ。情報だけでも聞き込みしたい。
「トーカ、マジごめん」
「ちょっ……謝るんじゃないわよ」
変態扱いされるんじゃ、普通に謝るよ!
ってか、視えるもの同士だとバレるのか。今まで霊感強いヤツって自称怪しい奴だったし……初めて指摘されたな。
ああ。でも、正直……本物に会えて嬉しいかも。
「コホン。初めにきちんと話し合うべきね。チームでわだかまりを作りたくないし。
ユーマ。私はあなたと同じ力を持ってるの。
悪魔を倒す『TheEND』よ」
世界で俺と、もう一人しかいない術の……使い手。
「マジすか……」
「セルから聞いたけれど、あなたは天然モノなのね」
天然……?
トーカはテーブルの上で組んだ手を、ギュッと握り締めて俯く。
「自力で能力を開花させたなんて信じられない。私は選べない状況で能力を受け取ったのに……」
「??? へぇ〜」
「自分の老いを代償に取られたのよ」
老い……!?
やっぱりか! 中身はあの黒いドレスの女だな!
「俺は、気が付いたら出来るようになってた。よく覚えてねぇんだ。
探してる奴がいるんだけど……」
「お母様の仇ね。セルから聞いたわ。
残念だけど、誰も見てないわ。
ユーマの能力は炎の守護だって、本当なの?」
「ああ……うん」
何? 炎以外もあるみたいな言い方じゃん?
トーカはテーブルをコンコンと指で鳴らし、他のメンバーに声をかける。
「みんな顔上げて。到着よ。新人のユーマよ。一度中断しなさいな!」
「ユーマです。よろしくお願いしますっス」
「んむ! 大福でぇす」
如法を来た僧侶が、大皿に乗ったパスタを一人で頬張っていた。見てるだけで胸焼けするような量。
「よろしくねぇ〜ユーマァ〜」
大福って、まさか戒名が大福じゃねぇよな。
再び大皿のパスタと格闘する。
「本当に宗教的なしがらみはないんすね」
「ええ。彼は言霊の力が強いの。
迂闊に暴言は吐けないけど、見ての通り……食欲以外の煩悩のない、いい僧侶だから」
108個の煩悩のうち、大食いくらいはしゃーねぇってか。
「ユーマ、でいいかな〜? ここはあまりフルネームで相手を呼ばないんだぁ」
大福はクリームソーダをガフガフ飲みながら話し始める。
「名前ってのは厄介でさぁ。
呪術に相手の顔や名前は必ず必要でしょ〜?」
藁人形とか? 確かに。悪魔祓いにも悪魔の名前が必要だったりするもんな。
「ここでは、あだ名がてらに気軽にお互いを呼んでるんだぁ」
「私もトーカでいいわ。大事な事だから、遠慮しないでね」
「ふーん。じゃあ、遠慮なく話すぜ?」
とりあえず、大福の隣に座らせられる。
「何か食べるかいィ」
「あ、今はいいかな」
正直、ガラにも無く緊張してる、俺。それに大福を見てるだけで満腹になる!
歳は俺とそんなに違わねぇんじゃねぇか? でも、坊さんになるまでって結構時間かかるよな? 童顔なのか?
それにしてもとんでもねぇ巨漢だ。清潔感はあるが肥満で色白。顔立ちは肉が無ければ、かなり女が寄ってくるタイプになるだろう。
っつーか大福って完全に見た目のあだ名だろ……イジメじゃねぇ事を祈ってやるぜ。
それと、俺の斜め向かい。
熱心に何か描いている女性が一人。
「つぐみん、顔をあげて! 新人のユーマよ」
「待って!今、大事なとこなの」
ボブヘアーの眼鏡をかけた二十歳くらいの女だ。一見顔立ちも服装も地味だが、この中では一番マトモそうなメンバーだ。一重で切れ長の目元がしっかり者そうな印象の女性だ。
ところでさっきから、何描いてんだ?
そっと首を伸ばすと、つぐみんと呼ばれた女は、カシカシと音を立てて液晶タブレットに絵を描いている。
とんでもねぇ画力だが、とんでもねぇエロ絵だ!!
え、エロ!!!
こーゆーのって、こんな人前で描くもんなの? いや女性だからいいのか。いいのか? 知らんけども。
同人用かなんかかな。上手いけども!
「ふ〜……危うく百合の花がモザイクになりきれないところだったわ!」
何してんだこいつ!?
「つぐみんは絵師さんなの。本業は画家なんだけどね」
絵師と画家。何が違うんだ?
ダメだ。突っ込むきれない。セルシアの言う通り、まずは名前だけ覚えよう。考えるな。気にするな。
「つぐみです。よろしくユーマ」
「よ……よろしく」
手を握る時、違和感を感じた。
液晶タブレットで描いてるのに、手は絵の具塗れだった。本業ではデジタルじゃないのか。
つぐみの描いてるエロい絵がめちゃくちゃ気になるけど、まぁ俺にもプライドがあるし。
そう。気にするな俺。
別な話題を振ろう。
「あの……月の世界は、みんな行けるんですよね?」
俺の問いにトーカが向き直る。
「ええ。もちろん。
あと一人いて、これから来るんだけれど……。
まず、お互いの自己紹介も兼ねてと思って、仕事を一件受注してあるの。
聞くより見た方が早いでしょ?」
「あ、確かにそーゆーほうが助かります!」
「ユーマはメンバーの能力をまず覚えて欲しいの。
それで足りない部分を補って活動するのよ」
なんかその条件だと、今までより楽な気がするな。
霊は僧侶がいるし、仲間を狙う悪魔のみをどうにかすりゃいいんだろ?
しかも『TheEND』ってのが、俺の他にこのロリータもつかえるんだもんな。
「まぁドーンと任せろだぜ〜」
「じゃあ早速支度しなきゃ。
セル。一式用意してちょうだい」
「はいはい」
セルシアはバックヤードで何か作業しだした。
一式って、こいつらはなんか道具でも使うのか?
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