第5話 Witch Lolitaとルーン文字のRing

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第5話 Witch Lolitaとルーン文字のRing

 まず、全員お揃いの十字架のジャケットとか着て、手帳を持たれる。  それで、依頼人に会ったら手帳を見せて「BLACK MOONです対魔にご協力下さい」とか言って月の世界に行くだろ。  それからビルの上を、なんかの魔法でビュンビュン飛び回って追い詰めた悪魔に銃を突きつけこうだ。「TheEND」  って撃ち倒す。  そんなイメージ。  そういう事するんじゃないのか?  でも実際は不良神父と、ロリババアと、煩悩坊主と、エロ絵師。何だこの組み合わせ。  セルシアがテーブルに出してきた道具はどれも霊力を感じない普通の物だった。  絵の具と筆。画用紙。車のキー。何かのトランクケース。  日傘にロープ、女性の化粧品。あとは録音機材とパソコンの類だ。 「俺が運転するね〜」  大福が店から出ていく。 「ユーマ君、到着そうそう悪いけどお願いね。  車まで運びましょう」 「了解っす」  つぐみに言われて、俺もなんとなく流れで荷物を持たされた。これって必要なものなのか?  つぐみは大人しそうに見えるけど、外見が地味目なだけで、芯の強そうな女に見える。  こういう肝が据わってるタイプは、あっちの世界で強いんだよな。  月の世界はあくまで精神世界だ。気持ちで負けると、ネガティブに取り憑かれて、途端に形勢が変わるもんだ。悪くいえば我が強い奴はしぶとい。  大福はわかんねぇけど坊さんだって言うし、トーカもつぐみも……問題ないかもな。  地上に上がると黒のハイエースが一台、乗用車が一台停まっていた。工事現場に行くみてぇ。  トーカが真っ赤な靴を鳴らしながら階段を上がってくる。 「路駐だから手早くね。  つぐみん、今日はセルと乗用車に同行して」 「……分かったわ」  なんか嫌そうだな。 「ユーマは私とハイエースの後部座席よ」 「セルシアも行くのか?」 「依頼人はあくまでローレック司祭に依頼して、助っ人で私たちが行くわけだからね」  なるほど。クロツキには一般人から直接依頼が来たりはしないわけか。 「この絵の具とかは……何に使うんだ……?」 「それぞれみんなが必要なものなの。それも車内で説明するわ。  ユーマ、あなたは祓魔で何を使うの?」 「あ!」  やべー! 俺、自分の道具忘れるところだった!  ロウソクと提灯!  慌てて階段を駆け下り店に戻る。  鍵を持ったセルシアが既にドアに立っていた。 「忘れ物?」 「ああ、ちょっと待ってくれ」 「来て早々、悪いな。依頼は今日の朝に連絡があって、明日に見送る予定だったんだけどな」 「俺としてはありがたいぜ! 他人の退魔って見た事ねぇから、すげぇ興味あるんだ」 「はは、そう。ならいいけど」  ロウソク、提灯、腕時計はしてるし……あとはサングラスか。  よし!! 「すんません、戻りました」 「みんなも忘れ物無いわね?」 「は〜い」 「では、向かいます」  乗用車につぐみとセルシアが乗り込む。  俺はこっちか。後部座席には仕切りがあって、大福はアクリル板の向こうだ。  ロリータトーカと俺だけの空間。ちょっとした小部屋みたいだが、物でゴチャついてる。二人乗るのがやっとだ。  走行中たまに跳ね上がる機材を腕で押さえつけて何とか小さな丸椅子に座り込む。  遮光カーテンがあるが、今は開いている。  駅を通り越し、更に南下に進んでいるようだった。 「少し走ると、普通の街並みって感じだな」 「そうね。住みやすいわ。  ある程度栄えていて、海も山もあるし。  つぐみんは山形出身なんだけど、大福が過敏でね。山形の土地のエネルギーが、自分には強すぎるから住みにくいって言う意見もあって……」 「土地のエネルギーってパワースポットみたいな?」 「ええ。とても良い物よ。  ただ、霊媒体質の僧侶である彼は、霊体が頼りたい存在No.1でしょ? 『ここにいますよ』って波動が自分の意志と関係なく強くなってしまうの」  霊に見つかりやすくなるって訳か。  そりゃ災難だな。 「あんた……トーカも東北出身?」 「私はアメリカよ。もう何年も前だけどね。  クロツキに来てからは東京にもいたけど、今のメンバーになってからはずっと宮城」  今のメンバー………か。  殉職者とかいるのか? あまり聞かねぇ方がいいな。 「今回の依頼は朝来たんだろ。結構、すぐに急行するもんなのか?」 「セルシアもセル、でいいわよ。  これを見てくれる? 今から行くのだけれど」  トーカは積荷のファイルの中からパンフレットを取り出した。 「なんだそれ。  Happy wedding park 『水の御殿』?」 キラキラ祝福ムードMAXの結婚式場の紹介パンフ。煌びやかなシーン、モダンスタイル、更には企業アピールも抜かりなく。 「依頼人はその式場の支配人よ」 「怪奇現象がなんでこんな場所で……? 明るい幸せなイメージがあるけどなぁ〜結婚式場だろ?」  俺の態度をとる見て、トーカは目を丸くしていた。  なんか変なこと言ったか? いや、普通だよな? 「ねえ。ユーマは今までどうやってこの仕事してきましたの?」 「俺?」 「差し支えなければ教えてくださる?」  トーカの瞳に悪意の色はない。  と言っても、何か話せるようなことあったかな? 「俺は……物心ついた頃から、寝る度に月の世界に行っちまってさぁ」 「寝る度? 毎日ってこと?」 「そうそう。戦わざるをえなかったし……あの世界で死んだら……体も死ぬんだよな?」 「ええ。勿論」 「だよなぁ。建物は電気が通ってないことが多くて、最初のうちは試行錯誤しながら逃げ回ってた」 「探してる悪魔がいるのよね?ごめんなさい、全員セルに聞いたの。  名前とか外見は覚えてらっしゃるの?」  「名前は分かんねぇ。白人女性で、目は蒼白いんだ。ブルーでもない……濁った水色。霊媒師が魔術を使う時だけ、そばに憑いてるソイツの目が真っ黒になる」 「なるほどね。 まぁいいわ。出来る限り、みんな協力しますわ。  それよりも、ユーマが使うのは銃なんですの? 剣ではなく?」 「ん??? 何? なんで?」 「………古文書にも『TheEND』に似た使い手の話があるのだけれど、こう記されているの。 『それらを使える者は天使の守護を受けている』とね」 「俺、本当に無宗教だけど? 母親の墓も坊主が埋めたぜ?」 「そうなの ? 炎を使うと聞いたから、もしやミカエルの守護でもと思ったんだけど、確かに天使は銃を使わないわね。ミカエルなら剣と盾ってイメージが強いわ。  古文書に書いた人間は誤解してるんじゃないかしら。  だって、私も熱心な信徒じゃないもの。  本なんてあてにならないわね」  トーカは何か小馬鹿にするように言う。  俺がミカエルとか絶対無いし、そもそも天使ってのがしっくりこない。  長い間、月の世界に出入りしてるが悪魔や悪霊だけじゃない、死後に天界に上がった霊もあの場には来る。  新月はそういう時間だ。  でも天使だけは見たことがない。神の類もだ。 「神様って……本当にいるのか疑問だ」  俺の呟きに、トーカは声を出して笑った。 「あははは! 急に何よ!  普通、クリスチャンは逆のことを言うのよ?『神はいる。悪魔なんて居ない』ってね!」 「だって宗教抜きにしたって、俺は見た事ねぇもんなぁ」 「あ〜おかしい。ふふっ確かにそういうもんよね!  あなた、素直な人ね」  トーカは小さなキャンディボックスを膝にのせると、俺を愉快そうに見つめてくる。 「私の本名は呼びにくいの。日本に来てから名前をつけたんだけど、透明な十字架、で透架って書くの。  それでトーカ。  クロツキがバチカンの非公式になってる理由は色々あるんだけど、ひとつはキリスト教徒で構成されて無い事は言うまでもないわね。  大福は仏教徒だし、つぐみんも仏教徒よ」 「トーカは? 寿命…………の話、あれなんなんだ?」  車は高架下のトンネルに入る。  バボンっと音を立てながら、オレンジのライトがトーカの顔を映しては去り、時が止まったかのように繰り返し続く。  トーカは長い睫毛を伏せ気味に、ゆっくりと話し出した。 「私はね、初めて祓魔をした時、目の前に現れたのは神じゃなかった。もっと邪悪なものよ」  見た目子供でも鼻っ柱の強そうなタイプだ。  絶対、言わねぇだろうとタカをくくって聞いただけだが、トーカはあっさり話し出した。 「………取り憑かれたのは私の妹でね。祓魔しなくちゃって一心だったの。  教会に忍び込んで、置いてあった書物の全ての方法を片っ端から試しただけ。運悪く成功したのは、信者として全然正しい方法じゃなかったし、望んだ契約じゃなかった。  召喚したモノはこういったの『TheENDと言う能力を持たせてやった。だから自力で妹に憑いた悪魔を殺して来い』って。アカツキに放り込まれたの。  祓魔が終わって……気が付いたら、私は村中の人間から悪魔と契約した者って指を指されるようになったの。 突然、悪魔祓いをしたクリスチャン。私は焼き討ちにされる寸前で逃げ出した……。  妹だけが逃げる手助けを……。 クリスマスの次の日。寒くて寒くて。途中諦めそうになる度に、悪魔は私に声をかける。そして最後に寿命を取られた。子供の足で夜通し走って、逃げた先の村の教会に保護されたのが始まり」  邪悪なものを召喚して、TheENDを授かった。  祓魔は成功した、ただし代償と引き換えに………。 「そんな事マジであんのか ? 大波乱じゃねぇーか」 「でも、妹をあのまま失うより良かったんだって……。今は割り切れますわ。悪魔と契約してでも、私は守りたかったの」  つまりトーカの素性は『魔女』。ウィッチだ。  悪魔と契約した時、代償として不老にされた。  そう言うことだ。 「逃亡先の村の神父は、知ってて受け入れたのか?」 「ふふ。無粋な質問だわ。  そのクソ神父にも、何かメリットでもあったんじゃないかしら」  あ、そーゆーこと。  セルシアか。  ん……?じゃああいつは何歳なんだ!? 「ユーマ、これをあげる」  トーカがキャンディボックスの底から銀細工の指輪を取り出した。 「へぇ〜センスいいじゃん。でも、なにこれ? 」  微弱な霊力を感じる。  何か術がかかってるな。 「寝てる度に向こうに行くんじゃストレスでしょ?  それを付けてれば、自分の意思と無関係に飛ばされることは無いわ」 「まじで!? そんな道具あったのかよ〜。もっと早くに欲しかったぜ!」  指輪を通しかけ、ふと嫌な予感がする。 「これ、タダ?」  寿命が縮むとか、悪魔と契約とか後出しで言われないか?  俺の言いたいことがわかったのか、運転席から仕切り板をノックされた。大福だ。 「安心しなよ。俺もつけてる〜」 「へ、へぇ〜」  余計な疑りだったな。  トーカを見ると、子供の顔とは思えない眼差しで窓の外の風景を眺めている。  望まない悪魔契約をした女。まるで物語の主役級の不幸じゃん。でも、今ここにいる彼女は人助けをする普通の霊能者ってわけだ。俺だったらやりきれねぇなぁ。  指輪をかざして見つめる。  銀の輪に、細いピンクシルバーのライン。 「これで安眠出来るなんて……。嘘みてぇだ」  既製品にしては歪みがある。自分で燻したのか。俺には読めないけど、内側にルーン文字があるな。 「クス…目の下真っ黒ね。今日から快眠よ」 「いや、ありがてぇ。  ありがとうなトーカ」 「仲間の弱点は積極的に補う。  私たちは一流のエクソシストチームよ。  ようこそクロツキへ、ユーマ」  *************  車が停まる。 「着いたわね。  さてと、ユーマ。依頼人のお客様の前でしてはいけないことから教えるわね」  急にかしこまったな。決まり事か。 「依頼人の前で『出来ないかも、無理かも……』と言う話はしない。 『寄生者』にどこで聞かれているか分からないからよ。作戦会議も大っぴらにはしない。個人的な話もね。  金銭的なやり取りはしない。チップもダメ。プレゼントとかも、基本的に何かを受け取ってはいけないわ。  呪具の類が入ってるかもしれない。  最後にひとつ。どんなに美人でも、性的対象にしてはいけないわ。 『アレ』等は誘う」 「おう。分かった」  一応返事はしたものの、トーカが言ってきた事はほとんど悪魔と対峙するレベルの話だ。  身近な浮遊霊程度の除霊の話じゃない。 「では、行きましょう」  外に出ると、そこは美しい水と煉瓦の庭園だった。  大福は台車に機材を出して組み立て始めた。 「録音すんのか?」 「そう〜。あとはパソコンで翻訳もね。わざと外国語を話して、分からないように呪文を唱えてる悪魔なんか厄介でさぁ〜。でもこれがあれば自動で翻訳してくれるし。便利だよ〜。  あとは録画機材。写真や動画にしか映らないものもあるし、なかなか尻尾を掴むまで厄介なんだよねぇ〜」 「記録って、残さないと駄目なのか?」 「事故があった時……つまり死人が出た時の為の証拠にもなるんだよ」  やな話だぜ。つまり俺が失敗して、死んだ時なんかに役に立つわけだ。「お巡りさん、これは殺人事件じゃないです」って。  駐車場には小さなカスケード。澄んだ水が、白く塗られた池に流れ落ちる。  門をくぐりフロントへ向かうが、建物の敷地は水の中に建っていて、主な通路以外は飛び石になっている。  幻想的な空間だ。 「ユーマ。さっきパンフレットを見せたのは出入口に気付くか試したのよ?」  トーカが日傘を片手に目の前の池を指さす。  出入口? あぁ、そういう事。 「ここの水面はあの世に繋がりやすいってわけか。  試したいなら言ってくれりゃいいのに」 「今、明確な答えが返って来たから合格にするわ。  いつでも月の世界に行ける能力者は、当たり前の事を見逃しがちなの。  普通の人間は、鏡や水鏡から引き摺りこまれることが多い。  私たちみたいなのから言わせてもらえば、ここは残念ながら、あまりいい建造物とは言えないわね」  依頼内容まだ聞いてないんだけど。  引き摺りこまれるって事はまた迷子捜索か? 「挨拶してくる」  トーカとセルがフロントのソファにいた男に、深深と頭を下げる。 「ローレック司祭の紹介で参りました、祓魔団のチームブラックムーン、リーダーのトーカと申します」  男はよろりとしながらも、トーカを快く受け入れるように手を差し出した。 「支配人の佐々木です。  司祭からお聞きしています。本日はよろしくお願い致します。  本日は閉館日なので、どうぞ皆さんお掛けになってください」  俺達も通される。  すげぇ明るい。  ガラス張りの壁に一面に広がる水をふんだんに使った庭園。天井もガラス張りだ。 「失礼しますぅ。会話を録音させて頂いてもよろしいですか〜?」 「え、ええ。構いませんよ」  機材をガラガラと運んできた大福を見て、支配人は少し驚いた面持ちでセルに振り返る。 「彼は、お坊さんですか……?」 「手を尽くすつもりです。万全に用意をしてきました。御安心ください」 「いや、まさか神父様がお坊さんを連れてくるとは。はは。  安心しました。霊媒師か司祭様か……従業員の中でも意見が割れましたから」 「では、電話で伺った事ですが、もう一度よろしいですか?」  セルに促され、支配人は事の発端を話し始めた。 「はい……実は二年前からご予約を頂いていたお客様がいらっしゃいまして……」
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