230人が本棚に入れています
本棚に追加
兄貴が色んな許可を俺に求めてくる
「マグバイトレは行ったぜ。意地っ張り」
俺が洞窟に戻ると呆れた事に兄貴はまだ資料を漁っていた。
「何しているんだ、怪我人」
そう言って、ランプに照らされた兄貴の元に向かう。有難い事にマグバイトレは、旅をするための物資をいくつか運び込んでくれていた。
「ダニー、あんまり煩くしないでくれ。資料は全ては運べない。今ここで必要な事を覚えていかねばならないんだ」
長身の身体を折りたたむようにして、兄貴は紙に書かれた文字を追いかけていく。包帯には血が滲んだままだ。
何て言うか、身体によくないよな。こういう事は。
「えい」
俺は包帯姿が痛々しい脇腹を指先で突つく。
「ぐうっ」
兄貴が途端に悶絶して、地面に身体を縮めるように倒れる。
「もうマグバイトレはいないんだ。超人の振りはやめたらどうだ?」
兄貴に涙目で睨まれる。顔からはダラダラと脂汗が流れている。
「五月蝿い。俺が動けないと分かれば、アイツは話に乗らない。だから、少しばかり無理をしただけだ」
「はいはい、昔から兄貴はそうだよな。良くないぜ、その癖。痛いなら、痛いと言えよ。我慢は美徳じゃねえぞ」
俺は地面から起き上がられない兄貴に毛布をかける。穴の空いてない上等な毛布だ。身体が温まれば、勝手に眠くなるだろう。
「鎮痛剤を貰った。これ飲んで、寝ろ」
「まだ、やる事がある。寝れない。それに脇腹は少し掠っただけだ。問題ない」
俺はため息をつき、水を口に含む。それから鎮痛剤を放り込むと、兄貴の首についた首輪を引っ張る。
「んっ」
唇から水が溢れ出す前に、兄貴の唇をゆっくり舌で割る。ぐっと髪を引っ張って、仰け反った喉に薬を流し込む。
「飲んだか?」
至近距離で兄貴の目を覗き込む。兄貴は熱でも出ているのか、ぼんやりとした瞳で俺を見上げている。
「……ああ」
「じゃあ、寝ろ」
兄貴に被せた毛布の中に潜り込む。柔らかな毛布の感触が心地よい。
「おい」
兄貴が戸惑ったような声をあげる。
「なに?毛布は1枚しか無いんだ。仕方ないだろ」
子供の時みたいに、二人で毛布の中で息を潜める。ドキドキと動く鼓動が少しづつ落ち着いてくる。互いの呼吸音だけが、毛布の中に響く。
「……一緒に寝るつもりか?」
「そうだけど」
首を傾げる俺を見下ろして、兄貴が困った顔をする。
「……困る」
「なんで?」
俺の疑問に兄貴が、酷く言いにくそうな顔をする。
「……俺は魘されるから、きっとお前を起こしてしまう」
そう言って、気まずげに目を逸らす。俺は一瞬息を飲み、それから静かに声を吐き出す。
「どんな夢を?」
忘れていた事を思い出す。
「……父さんと母さんが殺される夢を。村の皆の腕が、俺に絡みついて離れない夢。それから、お前が居なくなる夢だ」
「それは……」
「最近俺が殺したガリエルノ人まで出てくる。夢の中で俺は許しを乞い続ける……けして許される訳が無い」
兄貴がそっと目を閉じる。まるでその瞼の裏にその夢が焼き付いているとでも言うように。とても苦しそうに。
人を殺した。苦しめた。敵も味方も。罪と理解した上で、罪を重ねた。憎悪の視線が突き刺さる。それでも兄貴は立ち続ける。そうするしかないから。
俺はそっと兄貴の瞼に手を添える。
「見るな」
毛布の中は二人の熱気であっという間に熱が篭る。俺は兄貴に覆いかぶさるようにして、その目を覆い隠す。兄貴の首輪の金具がかちゃりと音を立ててみせる。
「ダニー」
戸惑ったように兄貴は、指の隙間から薄墨の瞳で俺を見上げる。
「過去は勝手に俺たちを追いかけてくる。振り向くな、今は前を見なければ進めない。俺たちは聖域に行って、証拠を見つけ出すんだ」
「……それはお前たちが勝手に言っているだけだろ」
「ああ、だけど兄貴もそうするんだ」
兄貴が途方にくれた顔をする。まるで迷子になったみたいな顔だ。誰かが、手を引いてやらないと、勝手に道から外れてしまう。
「俺が勝手に行って、兄貴の知らないところで死んでもいいのかよ」
ーーそんなの俺が許さない。
わざとそう言って、髪を揺らして見せる。
「それは駄目だ!」
兄貴が俺の手を強く掴む。急な動作に一瞬肩が震える。だが、そんな俺の様子にまで気が回らないらしい。眉をキツく結んだ兄貴が、低い声で恫喝してくる。
「駄目に決まっている!約束を破るのか。今度は、今度こそは、俺と死ぬと決めただろう!勝手にいくなど、許さない。手を離してしまえば、今度は会える保証なんてないのだから!」
矢継ぎ早に責められる。ギリギリと手を強く握られ、腕が痛い。その痛みがまるで、兄貴の心の痛みを示しているようで、ちょっと切なくなる。
「分かっている」
俺は静かに頷く。
「分かっているよ、兄貴」
今度は置いていかないと約束したのだから。俺の表情を見た兄貴はホッとしたように、腕の力を緩める。
「……ダニー、俺を情けないと笑うか?」
「笑って欲しいなら、言えよ」
兄貴が黙って頭を振る。
「……俺はお前がいないと、まともに前も見えないんだ」
兄貴が額を俺の肩口にコツンとつける。
「暗闇の中に一人、取り残されるのはもう嫌だ」
吐き出す声はとても小さい。
俺に取り残されたあの後、兄貴は地獄で一人きりだった。
兄貴を一人ぼっちにした、後悔が胸をつく。兄貴の執着は、痛いぐらいだ。だが、それでいい。それで兄貴が俺から離れていかないなら。
「ああ、だから俺を見張っとけよ。グロウス。俺が死なないように。どうせ、お前は一人じゃ幸せになれないんだ。仕方ないから、側にいてやるよ」
そう言って、微笑む。仕方ないなあ、って。兄貴が俺にそうしたように。
例え地獄の中でも二人なら、生きていける。
「大好きだ。グロウス。俺の片割れ」
きっと、双子だった前世からずっと。正しい兄貴も歪んだ兄貴も、全部ひっくるめて、愛している。家族の愛と、他人の愛と、混ざり合って、絡み合い、それはもう解けないほどになっている。
愛している。
だから、止めないと。
愛している。
だから、殺せない。
自分の両親を殺されて、大事なものを奪われて、憎しみを抱き、使命を与えられ、苦悩した。多分、俺はもっと多くの選択肢を選べた。だが、俺が選んだ道は兄貴と共に生きるこの道だった。兄貴が憎い、けれど。
ーーそれでもアンタを愛していた。
「だから、悪夢なんて見ないで、俺を見とけよ。俺は死んだ父さんにも、母さんにもお前を渡すつもりはないぜ」
俺は誰の英雄にはなれない。けれど、真面目でアホで、クソ野郎な双子の兄を、照らす灯でいたい。
「……っ、ダニー!」
兄貴が身体を起こす。腹筋で上体を持ち上げた際に傷に触ったのか、痛そうな顔をしながらも、まるで縋り付くように俺の唇を塞ぐ。
「うんっ」
兄貴の薄い唇が、俺の口を覆う。焦れたように歯列をこじ開けて、舌が口の中に潜り込んでくる。
兄貴の舌が俺の上顎を擽り、口の中の形を確かめるように性急に奥へ奥へと進められる。まるで蛇みたいに舌の付け根を擽られてたまらず、喘ぎ声をあげる。
「ダニー、ダニー」
兄貴の指先が俺の髪をかき回し、俺が逃げ出さないようにしっかりと後頭部を固定される。息継ぎする度に漏れる息が、絡む舌が気持ちよくて堪らない。息継ぎの合間、視線が合う。
「……どうしよう、嬉しいんだ」
そう言って兄貴が凛々しい目を細める。
「正直、戸惑っている。お前が俺に気持ちを返す事などないと思っていたから。いや、お前の新しい両親を殺した俺にそんな資格など無いと考えていた」
兄貴の目が少し潤んでいる。
「いいんだろうか……俺が幸せになっても。こんな風に幸せを感じても」
なんて言うか、自分の言葉が届くのは、心が温かくなる。
「いいんだよ。神さまが許さなくても、俺が許してやる!」
俺は兄貴の頬に手を当て、そのまま勢いよく口付ける。兄貴が驚いたように目を開き、それから大人しく口づけされる。
くちゅり、くちゅりと音が耳をうつ。
舌先を絡めて、さぐりあって、唾液を交わしあう。自分ばかりが嬲られるのが癪で、俺も舌を伸ばすが、大きさが違うのか長さが足りず、ただ兄貴の舌先を擽るばかりだ。そんな俺を兄貴は愛おしそうに見ている。酸欠の所為か頭がぼんやりとしてきて、何故だか、チンコが勃ちそうにそうになり、膝を擦り合わす。
すぐ近くに兄貴の顔がある。
「……抱いてもいいか?」
薄墨の瞳を煌めかせ、静かに尋ねられる。あんまり馬鹿な事を言うから、笑ってしまう。そんな事、初めて兄貴に聞かれた。
「怪我人の癖に、無理するなよ」
「今、治った」
「そんな訳ないだろう」
胡乱な瞳で兄貴を見上げる。そんな俺を兄貴は優しい目で見つめる。
「少なくとも、今は痛みを感じない。お前のおかげだな」
それは多分、鎮痛剤の所為だ。
兄貴が俺の口を塞ぐように軽いキスを繰り返す。キスは俺の頬を鼻を首筋とどんどん下に降りてくる。兄貴の手は器用に俺の服を脱がせていく。
あっという間に俺の白い胸板があらわになる。
我慢が出来なくなったというように乳首をねっとりと舐められ、俺は堪らず首をすくめる。淡いピンク色だったそれが、あっという間に赤く色付く。時々、歯を立てられると声が漏れてしまう。
やられっぱなしは悔しいから、兄貴の上着のボタンを外して、兄貴の首筋に噛み付いてやる。ガジガジと噛み付く俺に、兄貴は熱い視線を隠すように目を伏せる。
「ダニー、お前」
「せいぜい気持ち良くしろよ、クソ兄貴」
そう言って、偉そうに首を逸らし、兄貴の首の後ろに手を回す。
「……煽るな、馬鹿」
そう言って、兄貴が俺を組み敷いた。
最初のコメントを投稿しよう!