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転生したら、兄貴がクソみたいな人間になっていた
天気は最高に良い。空はスカッと晴れ、雲もはるか遠くにしか見えない。絶好の出立日和だ。けれど、問題がある。
「風が冷てえ」
「まあ、直ぐに冬が来るなからな」
兄貴が防寒用のコートに身を包んでいる。俺が着ていた奴隷用のペラペラのものではなく、シンプルだがもう少し仕立ての良いものだ。首元には俺がつけていた奴隷の首輪が嵌められ、無骨なソレが兄貴がガリエルノ人の奴隷である事を示していた。首輪が動くたびに擦れるのが不快なのか、兄貴が首輪を引っ張ってはため息をついている。これから山越えをするため、兄貴は大荷物を背負っている。
「似合ってるぜ?」
「お前もな」
そう言って、視線を送られる。
将軍から奴隷に格下げになった兄貴とは違い、俺は巡礼者を装うために、もう少し小綺麗な格好をしている。
金髪を後ろでまとめ、額が良く見えるようにする。戦場など知りませんといった清潔感が売りだ。千切れた耳朶を隠すように、耳飾りをつけ、腰には護身用の細い剣をつける。どこからどう見ても、育ちのいい坊ちゃんに見えるようにしている。
「上手く化けたものだ」
とても元敵軍の将軍や、農村の元指導者には見えないだろう。人は9割、見た目に騙される。
金持ちの坊ちゃんと護衛の奴隷という関係性が一目で分かるように意識した。何とか必死に取り繕ったので、なかなかの仕上がりだ。
「髪を切る必要はあったか?」
兄貴が前髪を摘み、不満そうに言う。どうやら、髪はあまり切りたくなかったらしい。
「ある。キャラ作りは大事だろ」
そう言って、兄貴の顔に手を伸ばす。顔についた短い髪を払ってやり、兄貴の顔を見上げる。髪を切った事で、兄貴の精悍な顔立ちが良く見えるようになっていた。
「そもそも奴隷に防寒着なんて着せねえからな。兄貴が死んだら困るから、俺は神聖国人の奴隷すら大事にしてやる、優しい坊ちゃんの設定だ。だから、髪も整えて置かないと」
「へえ」
「だから、アンタもそれらしくしろよ。大丈夫、兄貴はそのままだ。真面目で堅物な奴隷。んで持って、自分を大事にしてくれる坊ちゃんから、離れられないような過保護なヤツ」
「不本意だ」
黒髪をさっぱりと刈り上げ、生えていた無精髭は残さず剃り上げてやった。滑らかな肌は兄貴を本来の年齢より若く見せる。真面目そうな怜悧な視線は変わらず、昔の面影が覗く。慣れないのか、寒そうに顎をさすっている。
「仕方ないだろう。奴隷一人で歩いていたら、袋叩きにあうかもしれない」
何というか、ようやく俺の知っている兄貴を取り戻した気分だ。俺はうんうん、とご機嫌で頷く。
「やっぱりこっちの方がいいな。何で髪を伸ばしてたんだ?」
兄貴が急におし黙る。疑問に思い、首を傾げる。
「何で?」
黙る意味が分からない。じっと見上げ続けると、俺の視線に耐えかねて、兄貴が口を開く。
「……たまにお前の顔が見たくなる時がある」
「はっ?」
パチクリと瞬きする。その言葉の意味を考えて、それから思い至る。俺たちは双子だ。鏡を見れば、そこには互いの顔がある。
「お前、まさかアレ。俺のつもりか!?」
不本意な事実に思わず叫ぶ。ボサボサの櫛を通していない髪。 生えた無精髭。兄貴にとってそれが前世死なずに成長した俺の姿のつもりだった。
「……」
兄貴が俺から目を逸らす。
「嘘だろ。おい! 俺はそんなセンスのない事はしない!」
思わずショックで兄貴に詰め寄る。
「お前は昔、ろくに髪も梳かさなかったじゃないか? 」
「ああ、子供の頃はな!でも、大人になった俺はそんな事、絶対しない!」
「まあ、子供のうちは髭も生えないからな」
「お前、どれだけ俺の事信用してないんだよ!」
俺はじっとりとした目で兄貴を睨みながら、叫ぶ。あんまりな扱いだ。
「信用しているさ。だからお前と行くと決めたんだ」
兄貴は怒る俺を、困った顔で見下ろす。そして、宥めるように俺の頭を撫でる。やけに撫でるのが上手い。昨日のセックスの影響で、少し触れるだけで身体が敏感に刺激を感じ、うっとりとしそうになる。
冷たい風が吹き抜け、はっと、気を取り直した俺は兄貴を睨みあげる。
そんなもので俺が誤魔化せると思うなよ。
「それで、これからどうする?」
兄貴が話を逸らすように俺に尋ねてくる。まだ俺の頭を撫でているから、その手を軽く払いのける。
言いたい事はまだあるが、今は説明する方を優先する。
「鉱山地帯を避ける。あそこは武装した同胞が張っているからな、警戒が強い。鉱山をぐるりと迂回して、バルド村へ入る」
「おい、バルド村は確か、武装して鉱山を張っている村人たちじゃなかったか?」
「正解」
俺はニッと笑う。
「正気か?」
「当たり前だ。だから、こそ入り易いんだ。マグバイトレ達が陣を引いて、バルト村の同胞は戦勝に沸いている。きっとお祝い騒ぎだぜ。どうせ村で補給をしなければならないんだ。宴会中なら、多少怪しくても見逃して貰える可能性が高い」
「はあ」
兄貴が頭が痛いとばかりにため息をつく。
「考えているのか、行き当たりばったりなのか、分からん」
「考え過ぎても仕方ないだろうが。なるようにしかならない。」
そう言って、防寒着を上から着込む。トントンとブーツの先を地面につけ、調子を確かめる。山越えする大事な相棒だ。兄貴も自分の姿を隠すようにフードを被せる。腰の剣のベルトをもう一度確かめながら、俺をちらりと横目で確認する。
「相変わらずの楽天家だ」
兄貴がため息をつく。
「じゃあ兄貴は堅物野郎だ」
俺はすかさず言い返す。まあ、今更だ。俺たちは昔からそうなのだから。
「確証なんてどこにもない。行ってみないと状況なんて分からない旅なんだ。まあ、気楽に行こう」
「仕方ないな。お前は俺がいないと駄目なんだから」
「それは俺の台詞だ」
そうして兄貴が俺を守るよう隣に並ぶ。兄貴が俺の横にいるのが酷く落ち着くのに気が付き、俺は兄貴の顔をじっと見上げる。同じように兄貴が俺を見つめ返して、少しだけ口元を上げる。
そして俺は気づく。
双子でとか、兄弟でとか、敵だとか。どうして生まれ変わったとか、どうでも良い。
ーーああ、俺はただグロウスの側で笑っていたかっただけなんだなぁ。
その単純な俺の気持ちに。
ガリエルノに復讐を果たさないと兄貴は笑えない。村が平和じゃないと俺は笑えない。
ガリエルノ人として、神聖国人として、生きている限りしがらみは俺たちを生きづらくする。
だったら、心の底から笑えるようにしよう。
聖域へ行こう。そして、証明してみせよう。例え、自分の信じていた神を否定することになっても。
神さまはクソッタレだ。どんなに祈っても、グロウスを幸せにはしてくれなかった。
だったら、俺が兄貴を幸せにするしかない。俺のたった一人の双子の兄貴を。
いつの間にか離された身長。全く違う容姿に体格、けれど中身だけは変わらず俺たちのままだ。
「行くか、兄貴」
俺は踊るように兄貴の前に出て、強引に手をひく。まるで一人の世界に閉じこもっていた兄貴を、外に連れ出す時のように。
「おいっ」
兄貴は驚いた顔をする。だが、そのまま引張っていると、やがて兄貴が仕方ないなあ、という顔で笑う。
それがたまらなく嬉しくて、俺は蕩けるような笑みを零す。
ーー転生したら、兄貴がクソ野郎になっていた。それでも俺は、やっぱり兄貴が好きで、どうせなら皆、笑っていればいいのにと願う。
だから今、その一歩を兄貴と一緒に踏み出すのだ。
『転生したら、兄貴がクソみたいな人間になっていた〜兄貴が将軍で俺は奴隷〜』
完
いつも、当作品をご覧いただきありがとうございます。またスターやスタンプを送って頂き、執筆活動を支えて下さった方へ、重ねて感謝申し上げます。
もしよろしければ、過去ツイにてIFの世界でのキャラ別のルートの簡単な設定もお礼として載せていきますので、ご興味のある方はお楽しみ下さい。こちらの作品は続編が決定しております。そちらも、ぜひ一緒にご確認下さいませ!(@hemaiov2bh1gnwl
長らくご覧頂きまして、ありがとうございました。
感謝を込めて。 加冶屋シカ
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