誰が何と言おうと、これは私のハッピーエンド

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誰が何と言おうと、これは私のハッピーエンド

 昔々あるところに、この世を裏から守る4人組がいました。とか言って、ほんとは未来の話なんですけど。  私が決意した、数年後―十数年後のお話。  もちろん、裏の事業を一般人が知ることもないので、一般人による愛称などはありません。ただ、そこに4人組がいるということです。共通点としては、かの悪名高き実験の被害者たちということくらいでしょうか。まあ、みんなはそのことを覚えているわけではないんですけどね。私がその記憶を消したので。  一人は、とある高校で校長先生を務めています。名を、鶴来愉々香(つるぎ ゆゆか)と言います。  一人は、30代でありながら、警視総監に抜擢されています。名を、仁科雄一(にしな ゆういつ)と言います。  一人は、科学者として、特に専攻を持つことなく日々研究に励んでいます。名を、新座天咲(にいざ あさ)と言います。まあ、その後雄一さんと結婚してますから、苗字は仁科になっていますが。  一人は、何のとりえもないながら、いつも被害者に寄り添い、ある時には解決に導いたりする、いわば主人公体質な人間です。名を、仁科雄太(にしな ゆうた)と言います。 (何を急にし始めたかと思えば、柊詩葉(ひいらぎ しよう)。君はそんな風に、過去の友達を消化し始めたのか。しかし、全く理解不能だよ) (急に話しかけないでくださいよ、管理人さん)  彼らの中で起きるのが最も早いのは、居候のみでもあり、家政婦のような役割も持つ十哉さんです。  彼の目覚ましが鳴るか鳴らないかの隙間時間に、彼は目を覚まします。伸びもせず、そのままキッチンへ移動し、皆の分のご飯を作り始めます。  初めに起きてくるのは、警視総監さんです。彼は、「今日も美味そうだ」と言って席に着きます。寝起きにふさわしい、寝ぐせも目やにもついたままで。  青色ストライプのパジャマというギャップを持ち合わせている彼は、いつもこの朝食とコーヒーで目を覚ますようです。  彼が食べ始めるのと同時くらいに、今度は科学者さんが起きてきます。「今日も美味しそうね」と言いつつ、彼女は乱れたパジャマを整えます。  「あの、そろそろ新妻のご飯が食べたいんじゃないですかね……」  居候さんはそんなことを言うと、警視総監さんは黙ってご飯を進めます。  「そんなに私のご飯が食べたいですか?」科学者さんの問いに、警視総監さんは「いつか、食べてみたいな」と遠い目をしながらその場を後にします。ついでに、居候さんの胸ぐらをつかみ、「お前は知らないからそんなことが言えるんだ」と睨みます。居候さんは「あれ、食べたくないんですか?」と茶化すように言います。  「食べたく、ないんですか?」  上目遣いに潤んだ瞳。若いころには、絶対に見られなかった彼女がここにいます。  警視総監さんは、「食べたいに決まっているだろ? そうだ、今度の土曜日に作ってくれないか?」と焦りながらも提案すると、科学者さんは「分かった」と満面の笑みを浮かべるのでした。  警視総監さんが外出の準備をし終え、科学者さんが食べ終わったころに、校長先生はリビングへと降りてきます。  「仁科、腹減った」  「先生以外皆仁科です」  「そうだった」  そう言って、先生は新聞を読み始めます。  「あ、そうだ」  新聞から目を離し、その瞳を居候さんに向けます。「なんですか?」と返す居候さんに、先生は満面の笑みを浮かべます。  先生の笑みが見られるときは、いつだって『面倒なことを押し付けるとき』なのです。  「……まさか」  先生は静かに新聞を置き、体ごと居候さんに向けます。  「今日、明松(かがり)が遊びに来るそうだ。なんでも、彼女は情報屋だからな。もしかすると、案件を持ってくるかもしれない。しかし、私は生憎校長先生という仕事を全うしなければならない。だから、今回は―今回も、君に任せたい。ちなみに、彼女の授業は午前で終わるから、お昼ごろに来ると思われる。それでは」  一目散に逃げていきました。  棒読みで繰り出される『面倒事』の押し付けに、彼は落胆します。  「こんな時」  ふと、窓から空を見上げます。  「こんな時、誰に言ったら」  思い出せるわけもありません。  (そりゃもちろん、君が記憶を消してほしいと頼んだからな。この俺様に)  (まあ、そうですね、管理人さん)  (それにしても、どうして君はこんなことをしたんだい?)  (そりゃあまあ、彼が悪者になるのが耐えられなかったので)  そして、時は流れ。  洗濯物をたたみ終えた彼に、来客がありました。  「こんちわ」  プリン片手にやってきたのは、明松(かがり)さん。  「やっほー」  慣れた手つきでリビングまで案内し、彼女もまた、その流れに沿うように彼女も着席しました。  気まずそうに並べられたプリンを食すため、彼は食器棚に手を伸ばした時、彼女は「後ででいいわ」と声をかけました。  「どうして?」愚問でした。  「大事な話があるからよ」  彼女は、彼を一刀両断すると、椅子を指差し、座るように指図しました。  「そ、そんなに?」  おどけてみせる彼を、彼女は冷ややかな目で見つめます。  「わ、分かりましたって」  彼は彼女の言うがままに座ります。  「この街最大の鬼、って言われたら、分かるよね?」  「村鬼(むらさき)、だろ?」  「村を引き裂くことから、そういう風に言われているわけだけれど。そいつが、復活したそうよ」  「……マジか」  彼は、不安そうに俯きますが、すぐに顔を上げ、「ようやくか」と笑いました。  「あなた、まさか」  「もちろん。会いに行こうぜ」  「無茶よ。他の3人ならともかく」  「まあでも、さすがに一発退場ってことはないでしょ? 行くだけ行くだけ」  彼は頑なに向かおうとします。他の事業なら、確実に「行きたくない」と言いながら渋々ついていく彼には、珍しい行動でした。  それは、彼女も同感らしく、「え、ええと」とうろたえながら、「あなたがいいなら」と受け入れました。  二人で行くと思っていた明松(かがり)さんは、しかし校長先生による呼び出しで、行けなくなりました。  そのことに「まあいいよ。後で、報告するから」と彼はにこやかに返すのでした。  彼は、一人になりました。  寂しくないのでしょうか。  「……やっと」彼は、空を眺めながら言います。  「やっと、会えるんだな」  まるで、それは狙う獲物を見つけたというよりは、再会を果たすかのような、そんな台詞にも聞こえました。  (後はどうするんだ? 柊)  (管理人さんの存在がばれないように、私が死ぬだけですよ)  (つくづくお前は、お人よしだな)  (ヒーローって言ってくださいよ)  (まあ、俺様はどうあがいても、死ぬことは無いんだけどな)  (あの実験で、不老不死を手に入れましたもんね)  (ザッツライト)  鳶楽々さんとの会話が終わった瞬間―そして、彼女が目の前から姿を消した瞬間、声がしました。  会いたかった声。言いたかった言葉。  うれしかった瞬間。得たかった世界。  惜しかった未来。悲しかった現在。  訊きたいこと、聞きたい聲。  「やっと逢えたな。村鬼(むらさき)―いや詩葉(しよう)」  「……」  こぼれそうな涙を落とさぬよう、私は振り返ります。  「おうおう、そうだぜ、我こそは村を裂く残忍な鬼、村鬼(むらさき)様だぜ」  彼は、微笑みを崩しません。  「やっぱり、記憶の通りだな」  「……へ?」  途端、顔が赤くなるのを感じます。  「どうして、こんなことをしたの?」  彼の優しい声が、私の心を揺さぶります。  「あなたが、悪者になろうとしたから」  「僕が?」  静寂の上に、私と彼の声が乗ります。 「君は、なんでも背負いたがる。兄が背負おうとした全知も、先生が手にしようとした全能も、両方を背負おうとする」 「まさか、僕がね」 「君は、私のヒーローなの」 あの研究所の中で、唯一私に話しかけてくれた人。 私よりも断然苦しい実験をさせられているのにもかかわらず、私をいつも励まして、慰めてくれた王子様。 私の、ヒーロー。 想っていた言葉が、するするっと抜けていく。まるで、彼に心を解かれている ようだ。 「だから、悪者になってほしくなかったの」 「だから、自分が買って出たってこと?」 「……そう」 彼は、私の頭へすっと腕を伸ばした。 「そんなこと、しなくてもいいのに」 「……でも、だって」 もう言葉は出てきません。まるで、産まれたての子供のように泣きじゃくる私を、彼はぎゅっと抱きしめてくれます。 「僕は、ヒーローじゃないからさ。尻拭いをするっていうのが、僕の取り柄なんだよ」 諭す彼は、続けます。 「ごめんね、こんなことをやらせて。辛かったよね。寂しかったよね。どうして気づけなかったかな」 彼は、ゆっくり諭します。 「ありがとう、ございます」 彼は、そう述べるのでした。 「……なんで?」 「だって、そんな苦労をしてくれたのに、感謝の一つもないって、そんなのあんまりじゃない?」 「でも、私は、村を」 彼が持っていた全知全能は、その負荷があまりにも大きく、私にはとても持てるものではありませんでした。いやでいやで仕方なくなって、それで私は村を焼き払ったのです。 「少なくとも、僕には苦労を掛けてくれた。村に関しては、僕が責任を持ってやっておくよ」 じゃあ。 私の役目は。 ああ、そうだ。 「一つだけ」 私は、彼に呟きます。 「ん?」 彼の腕の中で、お願いができる。 そんな幸せなことがあって良いのでしょうか。 「私を、殺してくれないかな」 この世の中に全知全能の人間なんて必要ありません。彼らを救えたという事実があれば、それだけで私は生きた意味があります。 あの地獄の底で見つけたたった一つの光を、私の決意によって無くすことはなかったのです。 それに、私を殺すことによって、村の人にはまさしく「鬼の首をとった」と言えるのです。村にも良いことなのです。 「分かったよ」 「……意外と、ドライだよね」 「生きたいって言ったら生かす。死にたいって言ったら殺す、それだけだよ」 いつかした会話を、思い出す。 「……そういえば、あの頃は天咲さんが一番頑張っていましたよね」 地獄から抜け出せたのは、天咲さんのおかげと言って差し支えないでしょう。 私は立ち上がって、服を整えます。 「そこから引き継いだわけだ」 「もしかすると、彼女の計画を引き裂いた気もするけどね」 自然と笑ってしまいます。 久しぶりで、楽しくて、嬉しくて。 「もしも」 私は、呟いて、やめました。 もしも、天咲さんならどうしたのでしょうか。 先生だったら。 「?」 不思議そうな彼に、私は首を横に振ります。 「もしも、天咲さんだったらという問いに対しては、『全知全能を背負う』なんてことはしなかったと思うな」 彼は、そう言いました。 「どうして?」 「だって、先輩って兄貴のこと好きじゃん」 「え、知ってたの?」 「知ってるよ、そりゃ。全知全能の経験者だよ? ちゃんとわかってるって。だから、兄貴が嫌がることはしないんじゃないかなって」 全知全能を得た人間は、すぐさま実験に使われてしまう。実の弟ならこの手で守れるが、天才天咲さんをお兄さんは止めることはできない。 そう考えたのでしょうか。 というか。 「……そのうえで、あんなに好き好きオーラ出してたの?」 「……まあ、そうなるかな。だってきれいだし。」 「ほんとに、空気を読めないっていうか、台無しにしていくよね。変態が」 「よく言われる」 「……ふふっ。まあいいわ。元気にやるのよ」 「言われなくとも」 彼は、持ってきた拳銃を眉間に突きつけます。なんだか、未来っぽい。 「本当に良いんだな」 「もちろん」 私の計画は、ここで終わる。 彼の幸せな人生を、見届けられないのは残念だけれど、しかし私はこれで良いと思っています。 元から彼と私が上手くいくことなんて、ありえなかったのだから。 ふと見ると、彼は大泣きしていました。子供のように泣いていたのは、どうやら私だけではなかったようです。 その姿を見て、私はすっかり我を取り戻してしまいました。 「ほんとに、空気読めないね」 「うるさい。どこの国に、自分の友達を笑って殺せるやつがいるんだよ」 「確かに、それもそうだ」 人を殺すというのは、それくらいに重い。 当たり前の事実を、すっかり忘れてしまうほどに、私は狂っていたようです。 「さあ、撃ちな。撃って、討ちな」 「言い残したことはある?」 そりゃあるよ、いっぱいあるよ。 でも、言わない。 撃ちづらくなるだろうから。 強いて言うなら。 「君に殺されることができて、嬉しいよ雄太」 銃声だけがとどろく。
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