合格

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「これで、よし」  佐藤はポケットから可愛らしい苺のハンカチを取り出し、大事そうにナイフを拭きながら、懐に納めた。  目の前で立ち尽くしている俺に佐藤が歩み寄る。 距離にして約一メートル。短いように思えるその距離は、溢れ出す佐藤の殺意を感じるのには十分過ぎた。 下半身の力は抜け、木の葉が落ちるように俺はその場に倒れこむ。 「ま、待って、殺さないでくれ!」  声にならない声が口から漏れ出る。今まで体感したことが無いほどの冷たい冷や汗が、体中を駆け巡る。 「こ、殺すなら、何で俺に麻薬の売人なんかさせたんだ!」 今度こそはっきり喋れた気がする。だが佐藤に聞こえたかは分からない。 「どうせ死ぬんだ、理由くらいは教えてあげるよ」 そう言うと、頭上まで振り上げていたナイフを、佐藤は床に置いた。 「普段は麻薬の売人。夜は世に蔓延る悪い人間を狩る狩人。それが俺さ」 真っ白い牙を見せつけながら、佐藤は妖しく笑う。 「じゃ、じゃああの爺さんを殺したのも狩りなのか!?」 「ま、そうだな。今回はやり口を変えた、ちょっとした騙し打ちにしたけどな。ちなみにあいつは以前結婚詐欺で何人もの女を地獄に蹴落としてきた、極悪人」 「な、何だよそれ! 意味分かんねぇ」 「そりゃあ、お前みたいな一般人様には分からないよなぁ」 依然として佐藤は笑う。彼が笑えば笑う程、死が自分に近づいている気がした。 「じゃ、そろそろお開きにしましょうか」 再度、佐藤がナイフを握りだす。逃げなければ。頭では分かっている。しかしいざ行動に移そうとすると、上手く腰に力が入らない物である。 「ば、売人、俺、売人するよ!」 咄嗟の判断とは言え、思ってもいない事が口から出てきた。自分の口を疑うように、俺は口を両手で塞ぐ。 「何、売人やりたいの? 麻薬の?」 バーで見せた佐藤の代わりなのか。そこには地獄の入り口に立つ悪魔の姿があった。 「やります、やりますから、命だけは助けて!」  最後の『助けて!』だけ声が掠れて、日本語じゃ無い他の言語に聞こえたが、目の前に立つ悪魔にはその意味が分かったようで。 「良いよ、その代わり、しっかり働いてもらうから」
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