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初売り
ビル街の奥。ツタがのたうつように絡みついた小屋は異様な雰囲気を醸し出していた。
今からあの小屋の住人に麻薬を売るのだ。俺の手は震え、喉は何度も固唾を飲み込んでいた。
決死の覚悟でインターホンを押す。扉の影に隠れるように、か弱そうな老人が顔を出した。
「なんだいあんた」
「いや、あの」
俺は言葉を詰めらした。どうやって話を切り出したら良いのか分からなかったのだ。
馬鹿正直に麻薬を売りに来たと言う。いやいや、ダメだそんな方法、もし老人が一般人だった場合、ただ警察に通報されるだけだ。
こっちは麻薬の売人。もし警察に何か嗅ぎつけられたら、逮捕される以上の拷問が待っているのは火を見るより明らかだった。
もういっそ逃げてやろう。そしてこの白い粉を警察に突き出してやろう。そんな短絡的な考えが、脳裏を過ぎった頃。
「はい、合格」
ワカメヘアーを連想させる声が、背後から聞こえてきた。咄嗟に後ろを振り返る。
「田中君。おめでとう、君は晴れて売人昇格だ。いや、この場合、降格と言ってもいいかな」
薄ら笑いを浮かべる佐藤は、どう見ても感情がこもってない拍手を奏でながら老人の方に向かった。
「辻本さんもご協力ありがとございました」
明らかな作り笑いを浮かべた佐藤に、どこか狂気を感じる。
「おい佐藤、こんなはした金じゃ何にもならんぞ。本当はもっと金があるんじゃろ? だったらそれをさっさと差し出さんか!」
唾と一緒に罵声をあげる老人。それでも佐藤は笑顔を崩さずに。
「申し訳ございませんが、今日のところは、このぐらいで勘弁してください、よっと!」
それが老人の血液だということぐらい、後ろにいる俺だって分かった。
うっ、と短く唸りながら老人は赤い鮮血を垂れ流し、その場に倒れ込んだ。佐藤の声が笑い声に変わっていく。
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