兄がいない。兄がいる。

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兄がいない。兄がいる。

「兄ちゃんのバカ!!」 それはいつもの喧嘩。高校生の兄が持つスマホで動画を見たいとごねた優季は、貸してくれない兄の幸人に半泣きの状態で叫んだ。家を飛び出せば空は青々と澄んでいて、嫌でも夏の気配を伺わせる。 優季と幸人の両親は、スマホは高校生になってからと決めているもので五年生の優季がスマホを手にするのは、まだまだ先だ。だが、優季が気にしているのはスマホを手にできないことではない。スマホを手にした幸人が、優季とあまり遊ばなくなったのが不満なのだ。 今日のような休日には二人で釣竿を持ち出して釣りに行ったり、二人で訳もなくゲーセンをうろついてみたり、あてのない散歩をしてみたり。誰もが仲が良いという兄弟なのだ。だが、幸人はスマホを手にした途端に引きこもる。何かこそこそとスマホで作業をしている。スマホが幸人のもとに来る前は秘密など何もない兄弟だった。誰が好きかも教えあい、いかがわしい本も二人でこっそり見たり、そんな毎日が突然に崩れたものだから、優季にとっては不満でしかない。 家の近所をとぼとぼと俯いて歩いていると、見知った顔が優季に声をかけてくる。 「喧嘩でもしたの?」 二軒隣の中学生。穂花が優季の顔をぐいっと覗きこんで来る。 「だってさ、兄ちゃんが」 「本当に幸人さんが悪いの?」 穂花は、優季の目を真っ直ぐに覗きこんで来るものだから、優季はつい目を逸らす。優季が好きな女の子であり、幸人も好きな女の子。だが、穂花は幸人に惹かれている。小学生の優季には分が悪い勝負だ。 「遊んでくれないんだもん」 それこそ本音。スマホはどうでもいいのだ。ただ、兄弟の時間を共有したい。 「優季はまだ子供だもんね」 「穂花だって、まだ子供じゃん!」 「優季よりは大人だよ」 「ほんのちょっとじゃん」 「それでも大人なの」 堂々巡りのやり取りに優季は息を吐き、穂花に背を向ける。 「帰る」 「ちゃんと仲直りしなよ」
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