君のないしょ

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 けれど、今宵こそ私は打ち明けます。夜のリビングにて旦那様と黒豆ほうじ茶を飲む至福のひと時。今が一番良いタイミングです。  「明日の朝は私だけゴハンでいいですか?」  その一言で良いのです。「私だけ」が肝心。作戦の要。旦那様のパン好き精神は傷つけず、私の要望は叶える最善。  さあ、向かいで優雅に黒豆ほうじ茶をすする旦那様に。今日も後光が差すほど眩しい。声を掛けるのもおこがましく、私なぞ空気で結構です。口を利くなんてとてもとても。  卑しい立場の私は明日の朝食の準備でもいたします。冷蔵庫の中身をチェックして、パンケースの中を…あら?パンがない!ご主人様がいつどんなパンを食べたくてもいいように、食パン、クロワッサン、ブリオッシュ、パンケーキを常備していたはずなのに。なんたる失態。  いえ、これは天が与えたもうチャンス。  「パンがないわ…」  妻の一言で僕はハッと顔を上げた。しゅんと体を縮めて、可愛い奴め。いや、僕は妻を目を見張って見て言った。  「ないのか!」  いかん喜びのあまり声が大きくなってしまった。ついに朝のパン祭りに終止符が打たれる時がきた。これを機に米派を告白しよう。祭りだ。朝のご飯祭りの始まりだ。祭囃子が聞こえる。聞こえるぞ。  「…買ってきます。」  私は震える声で言いました。溢れそうな涙を堪えなくちゃ。どうしよう。旦那様を見れない。あんなに赤くなって、大きな声で反応するなんて。よっぽどパンがお好きなのですね。それを私が軽い気持ちで、しかもちょっとにやけながら言ったものだから。申し訳ございません。旦那様。日本人でありながら容姿も食べ物も欧州風な旦那様には耐えられない屈辱。  しまった。露骨に喜びすぎて妻の心を傷つけた。きっと僕が怒ったと勘違いしたんだ。あぁ、人目を忍びつつ流す涙のなんて澄んでいることか。いや、そんなことではなくて。どうしたら、怒っていないこと且つ米が良いことを伝えられるのか。もういっそ僕がパンを買いに行こう。いや、ダメだ。もう胃腸が米を受け入れる準備をしている。  「ダメだ!こんな夜に出歩いたら危ないだろ。」  僕はとっさに妻の華奢な肩に手を置き、言った。ナイス、グッジョブ僕!ない頭を使った甲斐があった。妻を気遣いつつ、朝はパン地獄を抜け出すことができる。どうだ、顔を赤らめる妻の愛らしいこと。
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