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屋敷に戻ると、リビングで兄さんが何やらスマホに喚き立てていた。
「だーからよォ! ウチは真っ当な物件は扱わねぇって何度言ったら分かるんだこのド低能クソ三為さんためがッ! うちは事故物件を専門にだな――は? 大島てるに載ってるゥ? だから何だ! いくら大島てるで燃えていよーが爆発していよーが安くなきゃ意味がねぇんだよ! そんなに俺に押し込みたきゃな、オカルト板でマジで出るブツ漁ってこい!」
どうやら相手は、兄さんに物件を押し込もうと営業をかけてきた業者らしい。どうせ、どこぞの筋から手に入れた都内の大家投資家の名簿を頼りに絨毯爆撃をかけているのだろう。が、だとすれば今回は相手が悪かった。まさか業者も、相手がカモどころか死肉を漁るハゲタカだとは夢にも思わなかっただろう。
ただ、言動はどうあれ今のスーツ姿の兄さんは、傍目にはエリートサラリーマンそのもので――まぁ実際、あの背広を着て働いていた頃は、中身もエリートなサラリーマンではあったのだけど。
「おう、瑞月」
やがて電話を終えると、満面の笑みで兄さんは振り返った。
「お……おかえり。早かったね」
「ああ。意外とすんなり仕込みが終わってな」
得意顔でにやり笑うと、兄さんは首元のネクタイを指先できゅっと緩める。
「仕込み?」
「ああ。しばらくは様子見ってところだが……まぁ十中八九上手く運ぶだろう」
「……そう」
やっぱりそうだ。すでに兄さんは次の手を打っている。そして……今回も、僕はあまり役には立てなさそうだ。
とりあえず、兄さんのためにコーヒーでも淹れてあげよう……
「ああそうだ、瑞月」
背後からガシッと肩を組まれ、僕はキッチンに向かう足を止める。振り返ると兄さんが、ヤクザ映画の時の北野武みたいな悪い笑顔で僕の顔を覗き込んでいた。
何だろう……ものすごく嫌な予感がする。
「地縛霊なんてものはいない、ってのはマジなんだな?」
「えっ、あ、うん……」
「ってことは柊木も、出ようと思えばいつでもあの部屋から出られるんだな?」
「うん……ただ、一応あの部屋に思い入れがあるみたいで、一時的な外出ならともかく、移住まではさすがに……」
「構わねぇよ」
「えっ?」
意外な反応に僕は軽く面食らう。てっきり、柊木さんを部屋から追い出せなんて無茶を振られるのかと身構えていたのだけど。……ただ、続く兄さんの言葉に比べれば、これでもまだインパクトという点では生温かったのだ。
「それより柊木に伝えろ。来週末、お前を虐め殺したパワハラ上司をブン殴りに行くぞ、ってな」
「…………は?」
ブン殴る? 元上司を? 柊木さんが?
さすがに冗談だと思った。いや、そうであってほしかった。
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