編入前の話

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慣れない場所と様々な思惑で向けられる目に疲れたのだろうか。 いや、たぶん母の記憶を探していたからだ。 父にまた迷惑をかけてしまった。 どうしていつも自分のことでいっぱいいっぱいなんだろう。 本当に不器用だ。 やっと、父の役に立てると思ったのに。 だめだ。目の奥がじわじわ熱くなってきた。 もうすぐで高校生だぞバカ。泣き虫。 「・・・。・・・い。・・・おい、いい加減起きろ。3分ほど前から起きているのはわかっている。」 どこかで聞いたような声が真上から聞こえる。 ていうか、こわっどんな能力だよ。 わりと心地よい低い声に促されてパチリと目を開けると 不機嫌そうな顔が視界に入った。 やばい。涙目なの気づかれる。 「・・・そんな皺寄せてると戻らなくなりますよ。」 あんまりな顔をしていたので咄嗟に言ってしまった。 「まだ若いから大丈夫だ。」 若いやつが言う台詞? 涙目に気づいてないのか気づかないふりをしてくれたのか何も言及もない。 ・・・ん?というかこの人、見たことあるような。 じーっと観察してみる。 綺麗に染めたダークブラウンの髪、鋭く精悍で冷たい印象も感じる顔。 感情の読み取りが難しい目。 つい最近見たような・・・ あ。 「園ヶ原志英さん?」 「父親と間違われるか普通。あんな老けてないだろ。」 の息子か。 「息子!?」 「うるさいな。」 ビックリし過ぎて涙も引っ込んだ。 え?ていうか今さらだけどここどこ!? なんで超有名人の園ヶ原明志がいるの?? ズキズキする頭を抱えながら起き上がると いくつか同じような寝台が並んでいるのが見える。 白を基調とした部屋。 ん??? 「医務室だ。」 と言われてもだな。記憶がぼんやりしてる。 びっくりするくらい失礼な親子に絡まれて、父が来てからの記憶がない。 そしてこの状況。 頭が追い付かない。 「俺・・・」 「思い出そうとしなくてもいいんじゃないか。ろくな記憶じゃない。」 フンと鼻を鳴らして苦々しい顔をしている。 「あ、見てたんですね。」 「目立ってたからな。あと敬語使うな、しんどい。どうせ同い年だ。」 「えっそれは嘘・・・ですよね。」 どう見たって中学生じゃない。 制服着ていてもギリ18にしか見えない。 ステージ上ではあまり見えなかったし、今後話すこともないだろうと思っていた人物なだけにまじまじと上から下まで見てしまう。 それを居心地悪そうにしながら園ヶ原明志は内ポケットから高級そうな手帳と思われるものを取り出した。 パカッと手帳が開くと中に顔写真と名前、生年月日が記載されていた。 生徒手帳だ。 てか、ほんとに西暦一緒じゃん。 何を食べたらこんな感じに育つんだ。 「え!!ていうか誕生日も一緒っ!?すご。・・・もしかして俺と双子なの?」 そんなわけはない。 つい同い年で誕生日が一緒という共通点にテンションが上がってため口にまでなってしまう。 まぁ俺の場合は確かな誕生日かはわからないが。 「二卵性の双子にしても、俺と違って顔が丸いし背もだいぶ差があるようだが。」 普通に小馬鹿にされたんだけど。 言葉遣いにしまったと思ったが気にしてないようで良かったけど。 余計なお世話だよ。 顔が丸い(太っているわけじゃなく童顔)のも背が足りないのも! 背は一応平均は越えてるんだからな。ギリギリ。 周りがでかいんだよ。 あまりに貴重な体験なので 街中で芸能人に出食わせた気分だ。 もう一度園ヶ原明志を見る。 さすが一般人とは言えないほどの容姿、態度だ。 ザ・御曹司。 こういう人を見ると世の中は平等に出来ていないもんだなと改めて思う。 同じ日に生まれたのに境遇も立場もこんなに違うなんて。 今の生活は幸せなので羨ましいとは思わないけど。 身長は羨ましい。 「じゃあ、もしかして同じ病院で生まれて取り違えられた可能性は?」 さすがにドラマの見過ぎだなと自分で言ってて思う。 仏頂面してた園ヶ原明志はちょっと笑った。 「お前アメリカで生まれたのか。」 「あんたはアメリカで生まれたのかよ。」 やっぱりすげーや金持ち。 やべ、また友達みたいな感じでしゃべってしまった。 なーんか話しやすいんだよなぁ。見た目に反して。 「で?園ヶ原くんはなんで一緒にいるの?俺の父は知らない?」 「「くん」とか止めろよ、気持ちが悪い。お前がぶっ倒れた時、たまたま俺がそこにいただけだ。雪次さんは親父に呼ばれてる。」 気持ち悪いとか言われた。 もうむちゃくちゃ偉い人の息子とか知らん。 関係ないからな! 「え!?あーまぁそっか・・・元はと言えば俺が買った喧嘩?なのに。父さんには悪いことしたな。園ヶ原も申し訳ない。」 いくら友好的な関係とはいえ何もお咎めなしとはいかないだろう。 だめだな。俺がもっと冷静にならなきゃだったのに。 「よく似た親子だ。」 「え?」 「いや、あのクソ親子はそれなりの処分があるだろうが、雪次さんは別件だろう。」 確かにクソだが、すごいハッキリ言うなぁ 父さんは別件か。 なんだろう仕事の話かな。 とりあえずホッと胸を撫で下ろす。 あ、そうだ。 「ありがとう。」 「?」 鋭く精悍な顔が一瞬崩れ、きょとんと目が丸くなる。 大事なお礼を忘れていた。 「俺を運んでくれた・・・で、いいんだよな。ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます。」 座り直して正座で頭を下げる。 あんな大勢の前で倒れたのだ。俺は悪い意味で只でさえ目立つ存在だったから余計に皆の記憶に残ったに違いない。 そんな俺を偶々だったにしろ助けてくれたのだ。 この人も相当目立つから 俺のせいで悪く言われなければいいが。 と、不安げに仰ぎ見るが園ヶ原はなぜか腕を組んで唸っていた。 暫く何か思案したあと、口を開く。 「眞鍋三春。世の中には色んな人生がある。だからお前の境遇には同情しない。幸せなやつがいれば必ず不幸なやつがいる。お前自身が自分をどちらの人間だと思ってるかは知らない・・・」 おー。 「が、もう少し肉はつけた方がいい。適度に鍛えていて損はない。骨と皮しかないのか。痩せた犬を担いでたみたいだったぞ。」 俺のこと知ってくれてて、 それを踏まえて何かありがたい言葉をくれるのかと思えば おい、最後。 「なんか良いこと言うのかなって構えてた俺の時間返してくれる?あと担いだことないけど痩せた犬よりは絶対重いわ。」 どういう体感してるんだ。 「いや、途中で痒くなったから止めた。」 「そこはがんばってよ。」 この国屈指の御曹司の「ちょっといい話」普通に聞きたかったんだけど。 「・・・で?言わないんですか?」 園ヶ原は苦虫でも噛んだかのような顔をして俺を睨んでいる。 なんですか、こわいんですけど。 「・・・はぁ。大したものじゃない。・・・抱えて生きていけ。全部。何も棄てるな。過去を意味のあるものに変えるのは今のお前・・・という話だ。」 ポリポリ頭を掻く園ヶ原。 ほんとに痒いらしい。 あの時、倒れる前の俺が園ヶ原の目にはどう写っていたんだろうか。 きっとひどい顔をしていたに違いない。 でなければ、全くの初対面である俺にここまで言ってくれないはずだ。 「優しいんだな。なんか結構厳しい人かと思ってた。将来いい社長になるよ。」 人に優しく出来る人は尊敬する。 俺は自分のことばかりだから。 「言われなくとも。だからその生暖かい目を止めろ。」 再び仏頂面の園ヶ原。 スッと2本の長い指が俺の目の前に迫ってくる。 え? 「こわっ!園ヶ原ともあろう御曹司が目潰ししようとする!?」 小学生かよ。危ないな! 「知らないのか。御曹司とはそういうものだ。」 「すごい嘘じゃん!」 さっきまで真面目だったのに。 何なのこの人。 初対面ですよね。初対面の人みんなにこんな感じなの? これが素質なのか、跡継ぎの能力なのか? ――――・・・ 「さてと」 医務室に備えられた時計を見てふいに園ヶ原は立ち上がった。 あぁそうか、本来ならこんなとこで俺の相手をするほど暇な人ではない。 時刻はもう記憶を失う前から一時間も経っているので催物は終わっている時間だが、やる事は山のようにあるだろう。 今さらながらそんな時間まで付き合わせて良かったのだろうか。 また不安になる。 悪い癖だ。 ・・・次に会うことはもうないだろうな。 学校も違えば住む世界が違う。 今回のことでやはり父も俺にはこういう場所が向いていないことがわかっただろうし。 建前や嫌味ばかりの人間を前にして俺は子供過ぎたのだ。 もうそう言う性分なのかもしれない。 折角、人生で一度も話す機会がなさそうな人と話せたのになと、若干の寂しさも感じながら 最後の別れの挨拶を口にしようとしたとき ガチャリ。と金属音が聞こえた。 園ヶ原が出ていった音かと思ったが彼はまだそこにいる。 「はぁー。あ、いたいた。明志、社長がお呼びだ。」 現れたのは走ってきたのか肩を上下させ、サラサラ流れるブロンドの髪を鬱陶しそうに耳にかけた坂崎伯人だった。 父親同士が業務提携しているのだからそりゃ息子同士が知り合いでもおかしくない。 話し方からするに園ヶ原と坂崎伯人の間に上下関係はなさそうだ。 坂崎は俺と目が合うとにこりと笑う。 それだけで女子ならキャーキャー言いそうだな。 「もう大丈夫かい。三春くん。」 なるほど。確かに同年代に「くん」付けはゾワッとする。 心配してくれるということは やっぱこの人にも見られてたようだ。 「ご迷惑おかけしました。もう大丈夫です。坂崎さん。」 「俺も同い年だから普通に話してくれていいよ。名前も伯人でいい。ここに面倒な大人はいないからね。あれは営業用。」 パチリとウィンクを飛ばす。 すごい自然だ。 俺がやってもギャグにしかならない。 これも素質か、跡継ぎの能力なのか。 「頭の悪いことを考えてる顔をしているぞ。」 ギクッ 「絶対してない。そんな顔があってたまるか。」 考えてはいたけども。 なんでわかるんだ。 伯人はそんな俺たちの会話に数回瞬きを繰り返す。 「いつの間にそんな仲良くなったの?」 「「なってない。」」 やめてくれ、恐れ多いわ。 「三春くんは、」 「俺も三春でいいよ。「くん」なんて年上にしか言われたことないし。」 伯人は嬉しそうに笑う。 これだけよく笑う人も珍しい。 「じゃあ三春。三春は不思議な人だね。」 「変わってるとはよく言われるよ。」 「あぁそういう意味じゃなく。明志が初対面でこれだけ打ち解けてるの始めてみたよ。」 そうなの? と、思いつつもホッとする。 初対面の人間みんなにこんな対応してるのかと若干心配してたとこだ。 それとちょっと嬉しい。なんて。 こんな俺に隔たりなく話してくれる。 園ヶ原だからというわけでもないが素直に嬉しい。 なんだか心がポカポカしていると、 グイッ 急に頬に痛みを感じた。 「いたっ!なに!?」 何故か頬を抓られている。 僅かに口角を上げた、園ヶ原に。 「だらしない顔してるからだ。」 は? ぺちぺちと顔を触りながら徐々に顔が熱くなる。 顔に出てたの!? 恥ずかしすぎる。 「危ういやつだな。」 そう言った園ヶ原の声が妙に低く、艶っぽくて、ドキリとする。 ドキリ??? ちょい待て、いくら顔がいいからとはいえ男だぞ。 しっかりしろ、俺。 「あのー仲良くするのもいいけど、明志、早くいかないと英志さんにネチネチ言われるよー」 伯人の声にハッとする。 ふー・・・よし、落ち着いた。 「してない。いま行く。」 やっと伯人の方へ動き出したその背をつい目で追ってしまう。 うん。さっきのやつは気のせいだ。うん。 一人で頷き続ける俺に伯人の不思議そうな視線が刺さる。 無視だ。無視。 園ヶ原は途中こちらに背を向けたままひらひらと軽く手を降る。 「次に会うときはもうちょっと鍛えとけ。担ぎ概がない。」 ・・・最後までこの男は。 「もう担いでもらわないから大丈夫だ!」 坂崎は半笑いしながら園ヶ原を先に外へ促した。 「またね、三春。今度ゆっくり話そう。」 伯人は最後まで素敵な笑顔だった。 いいなぁ。 俺も伯人のような人になりたい人生だった。 ――――・・・ 誰もいなくなった医務室はわかっていたが凄く静かで。 父に連絡しようか迷っていた。 とりあえず俺が医務室にいることは知っているだろうし まだ取り込み中かもしれないし もう少し待つとしようかな。 ・・・しかし、華やかな二人だったな。 ぼやーっと先程の二人を思い出す。 表舞台に立つことが確約された人間というのはこの歳でもオーラがある。 こんな一般人が普通に話せたことは奇跡だったな。 「けど・・・なんで二人ともあんな次もまた会えるみたいな言い方だったんだろう。」 ポツリつぶやかれた独り言は誰に届くわけでもなく白い壁に吸い込まれる。 お世辞にしても、何か引っ掛かる。 ・・・うん。 考えても仕方ない。 やる事ないし、ちょっと寝よ。 と、再び呑気に寝転んだこの時の俺は知るよしもない。 その理由が明らかになるのはもう、目の前だと。
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