編入前の話

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そんな訳で、礼創さんを筆頭に移動することになったのだが。 礼創さんが動き出した時点では、俺は動かなかった。 立場上、俺が一番後ろにいなきゃいけない気がしたから、みんなが動き出してから行こうと思ったのだ。 それなのに、礼創さんに続くはずの慶誠さんが動かないから、それ以上だれも動かない。 何故か慶誠さんは俺を見てる。 なんだろう。 キョロキョロしているとピカピカに磨きあげられた床に俺が映っているのが見えた。 その頭はボサボサで。 パッと頭を両手で押さえつける。 その姿で行くつもりか?という意味だったらしい。 慶誠さんが口を開く。 まずい、怒られる。 「・・・行かないのか?」 違ったわ。 全然関係なかった。 頭から手を離す。恥ずかしい。 「・・・え、っと、俺に言ってるんですよね?」 普通に考えて慶誠さんが行くべきだと思うが。 しかし本人は 「他に誰が?」 心底わかりませんという顔だ。 御曹司なのに序列に厳しくない。 そんな人いたんだ。 「さすがに自分より5つほど年下の子に譲ってもらうのは・・・」 慶誠さんがいやいやと首を振りながら言うが、すごい失礼である。 さすがに中一はひどくない? 突っ込んでいいのか悩んでいると 「慶誠さん。こいつ次、俺らと同じく高校生ですよ。」 親切に園ヶ原が訂正してくれた、が、真顔がすごく腹が立つ。 慶誠さんは何とも言えない顔で俺を見る。 「・・・そうか。まぁまだ成長期だ。大丈夫。」 「・・・ありがとうございます。」 同情するならその身長、10センチでいいからほしい。 ジリジリと後ろに下がりながら慶誠さんは気まずそうに礼創さんの後を追った。 次は園ヶ原だが。 こちらも動こうとしない。 どうせまた下らないことでも言うつもりだ。 わかっているぞ。 背の順とか言うに決まって 「さっさと行け。後ろが(つか)えるだろ。」 グイっと背中を押された。 「しょうもない大人の真似するな。同じ年の人間に敬われるほど居心地の悪いもんはない。」 ちょっと怒ってるのか声が荒い。 伯人はずっとニコニコ笑ってる。 疲れないのかな。 この場でそれを否定する者もいないので、しぶしぶ俺は歩くことにした。 慶誠さんらの姿はもう見えなかった。 足が長いから。 急がなきゃと思いながらも、廊下を歩きながら、俺はひたすら髪を撫で付けている。 チラチラと窓ガラス越しに確認しているが 全然戻らない。 泣きそうなんだけど。 こんな頭で入ったら事情を知らない人達はどう思うだろう。 ふざけていると思うに違いない。 それは駄目だ。 必死に髪を弄っていると ふいに後ろ髪が引かれるような感じがした。 比喩ではなく物理的に。 「後ろ絡まってるぞ。」 後ろにいた園ヶ原が引っ張っていた。 何となく戻してくれようとしているみたいだ。 「あ、あぁ悪い。」 思ったより優しい手つきで髪を解いてくれるので何やらぞわぞわする。 「毛並みのいい犬ほど絡まりやすい。」 「犬言うな。」 前も痩せた犬とか言われたな。 人を犬に例える癖でもあるのかよ。 なんだその癖。 そういえば、あの一件以来久しぶりに話したけどやっぱ園ヶ原に対してはなんか普通に話してしまう。 俺がどうというより、この人がよくわからないことばかり言うからだ。 こんなツッコミ体質じゃなかったはずなんだけど。 「明志、余計に絡まってるけど。」 園ヶ原の後ろを奥ゆかしい嫁みたいな距離で歩く伯人が、呆れたように言う。 この二人は何となく幼馴染みたいな空気感ある。普通に友人関係なのだろう。 ていうか、余計に絡まっているってなに。 後ろは全く見えないのでこわいんだけど。 「ん?いや、こっちの方がしっくりくる。」 「いやいや、それはやばいよ。」 「そうか?じゃあ・・・こうだ。」 「・・・センス皆無だなー。」 「じゃあお前がやれ。」 「やれじゃないよ、俺の髪なんだけど!」 ベシッと園ヶ原の手を叩き落とす。 遊ぶな。 余裕だなこの人ら。 俺はもう今からしんどいと言うのに。 再び絡まった髪を必死に撫で付けながら園ヶ原を睨む。 「・・・2度と俺の髪に触るな。」 「あ?それはお前が決めることじゃない。」 決めていいことだよ。 こういう時だけ御曹司の圧力を発揮しやがって。 思わず謝るとこだった。 御曹司こわい。 こわいと言えば。 もうすぐ着いてしまう。 集まる理由はわからないが錚々たるメンバーだ。 「園ヶ原」「一ツ橋」「朝ノ丘」「坂崎」「眞鍋」 国でも動かすんですか?という顔ぶれ。 会話から察するにどうも父、息子の一組で参席している。 今は五組いるので十人。 座椅子は十二。 あと一組。 何となく予想はついている。 ―――――― 広間の前につくと、 襖の向こうからガヤガヤまではいかないものの、話し声や笑い声が聞こえる。 俺は緊張どころではない。 膝が笑ってやがる。 一旦落ち着きたくて、園ヶ原と伯人を見た。 ほんとに余裕そうだ。 俺とは違って端からどういう会なのか知っていたに違いない。 「園ヶ原と伯人のお父さんも来てるの?」 園ヶ原は無言で頷く。 でも会わなかったけど。 という疑問は伯人が教えてくれた。 「裏口から入ったんじゃないかな。俺たちとバラバラで来たから。」 おぉそういうものか。 お忍びなのかな。 面子が面子なので不思議ではない。 うん。 ふぅと一呼吸して襖に手をかける。 大丈夫。大丈夫。 「失礼します。」 襖を開けた。 ん?ここは先に、園ヶ原を通すべきか。 「いだっ。」 足を軽く蹴られた。 やっぱり気を遣われるのは嫌なのか。 微妙に痛む足を無視して部屋に片足を入れると 左側、一番置くにいる 切れ長な目に髪は綺麗に整えられたシルバーグレイの紳士と目が合った。 一度だけ遠目で見たことがある。 朝ノ丘礼楽(あさのおかれいらく)。 礼創さんの父上であり、朝ノ丘グループの現代表取締役。 雰囲気は変わらず、他者を易々と受け入れるようなものではない。 「三春くん。早く席につきなさい。」 俺だけ名指し。 と、思ったら園ヶ原も伯人もすでに腰を下ろしている。 「・・・すみません。」 ボケッとしてた俺が悪いのだか、なんかずるい。 出鼻を挫かれた俺は重い足取りで父の元に向かう。 その間、ザッと周りを見れば まだ来ていないのは一ツ橋父と、例の一組だけのようだった。 園ヶ原英志さんと坂崎直人(さかざき なおと)さんも来ている。 英志さんは少し疲れが見えるが直人さんは前に会ったときと何も変わらない。 まぁ 兎にも角にも、 「父さん?俺、何にも聞いてないんですが?」 父の隣に腰を下ろしつつ父が口を開く前に問い詰める。 聞いたからといってどうこうするわけでもないが心構えが違う。 こちらは切羽詰まっているというのに、父はまだ楽しげだ。 「言っただろう。気負うことはないと。みんな見知った面々だ。」 父さんはね!? と机を叩かなかった俺を誰か誉めて。 何が嫌かって、みんなわかってここへ来ているのに 俺だけ何も聞いてないのが嫌だ。 ただでさえ疎外感を感じるのに。 ・・・本当に部外者みたいだ。 「まぁそう拗ねないで。ここの料理はおいしいよ。特にフグがね。」 ピクッと耳が反応する。 フグ? まじで? 俺の三大好物の? 「フグ刺しですか?フグ鍋ですか?」 「フグ刺しだったかな。」 ちょっと気持ちが晴れた気がする。 堪えきれず笑みを見せる俺に父も笑う。 「三春は――――おや、いらっしゃいましたか。」 父が急に俺の頭上を見る。 「眞鍋、あまり甘やかすのもどうかと思うぞ。」 重たく低い声が上から降ってきた。 あまりの声の重さに先程のワクワクも沈む。 「子育てに飴と鞭は使いようですよ、奈良さん。」 父が奈良と呼んだ人が空いていた俺の隣にドサッと座り込む。 でかい。 着ているスーツがはち切れそうなくらい筋肉質な体をしている。 社長というよりラグビー選手のようだ。 「お前は飴ばかりだろうに。あー最後の方だったか。ちょい支度に時間がかかってしまった。――ん?いやー、しっかし・・・ちっこいな!ちゃんと食べてんのか?」 再び俺に興味を示した奈良さんだったが バシバシと背中を叩いてくるの誰か止めて。 これ絶対背中赤くなってるやつ。 「あっそうだ、忘れてた。初対面だったな。奈良(なら)絹高(きぬたか)だ。よろしく眞鍋三春くん。」 うわ、やばい、俺が先に言わなきゃだったのに。 「ご挨拶が遅れてすみません。眞鍋三春です。以後よろしくお願いいたします。」 体の向きを変えて深々と頭を下げるとまた背中を叩かれる。 スキンシップ?が激しい人だ。 「奈良」といえば、一ツ橋グループの一柱。 やはり来るならここだと思った。 日頃の父の教育が役に立ったようだ。 そういえば確か奈良家は女系家族でこの奈良さんも婿入りだったはず。 跡継ぎは現時点でいるんだっけ。 誰と来たんだろう。 「おや、奈良さんそちらは?」 父が不思議そうに奈良さんの後方を見たので俺も見る。 全然気がつかなかったが誰かいる。 「あぁ、うちの「養子」。」 養子。 養子という単語にびくりと体が震える。 「ま、甥っ子を養子にしたんだがな。義妹の子が男児に恵まれ、端から男児が生まれれば養子にとる話だったらしいんで。」 つまりは血の繋がりはあるぞと言うことだ。 ・・・そうじゃない。 そんなことは言ってない。 嫌になるよ。 いちいちこんなことで反応してしまう自分が。 誰も何も言ってないのに 責められている気分になる。 「亜翠。ほれ、挨拶。」 奈良さんに首根っこ掴まれて無理矢理前に出されたのは 体の線が薄い、髪も目元が隠れたような まるで奈良さんとは真逆の人だった。 耳にピアス穴がある。 「・・・奈良亜翠(なら あすい)です。」 チラッと一瞬だけ目が合ったような気がするがすぐに後ろへ引っ込んでしまった。 奈良さんも苦笑いだ。 「すまない、まだあまりこういう場には慣れてないんだ。今年で高等部に上がるから三春くんとは歳が一緒だな。まぁ時間はかかるだろうが仲良くしてやってくれ。」 奈良さんの後ろで亜翠くんはビクビクしている。 わかるよ。すごくわかるその気持ち。 ちょっと親近感沸いた。
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