編入前の話

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それから10分ほど経った所で ずっと携帯を見ていた慶誠さんが手をあげた。 「申し訳ありません。父がまだ来られないみたいなので、先に始めてほしいと。」 どうやら父親と連絡を取っていたらしい。 その言葉を受けて、右奥に座っていた英志さんが声を上げる。 「そうか、致し方ない。では、始めるとしようか。」 英志さんが主なのかその言葉で今までどこで待機してたの?という人々が 料理や飲み物を運んできた。 「お忙しい中、お集まり頂き感謝する。とりあえずは乾杯といこう。」 英志さんがグラスを持ち、立ち上がると、皆もそれに習う。 俺もオレンジジュース片手に待機。 「皆の発展とご健勝、ご活躍を祈り」 「「乾杯!」」 グラスの酒を豪快に飲む奈良さんの隣で あまりトイレに行きたくならないようにちびちびとオレンジジュースを飲む俺。 「しばしの間、ご歓談と食事を楽しんでくれ。」 そう言うと英志さんは席に座り直した。 うーん。 目の前の料理もおいしそうだし、雰囲気も悪そうな感じはしない。 いまだ目的はハッキリしないが少しだけ肩の荷をおろしてもいいかもしれないな。 誰も俺を嫌気の目で見てはいないし。 それに一番救われている。 「三春、父さんちょっと園ヶ原さんとこ行ってくるね。」 ちょいちょいとつつかれて父に耳打ちされる。 「俺はいい?」 「あぁ、すぐ戻る。」 小さく頷くと父は行ってしまった。 ぽっかり空いた空間がちょっと寂しい、なんて 何歳だ俺は。 「三春ちゃん、顔に出てるよ。」 ハッとして声のした方を見れば、そういえば父の隣は礼創さんだったなと思い出す。 「大丈夫だよ。そんな不安そうな顔しなくても、ここにいる人は誰も三春ちゃんのこと取って食おうなんて思ってないから。」 穏やかで、優しい声だ。 昔よりは後ろに結い上げている髪も伸びて、大人びた雰囲気もグッと増しているが、意地悪そうな笑みもたまに優しいところも変わってない。 礼創さんと出会ったのは 俺が養子になってすぐ、ありとあらゆるものに反抗していた時期で。 常に何か、楽しいことを探している。 そんな人だった。 礼創さんには俺と同い年の「弟」がいて、その弟と一緒に、礼創さんから与えられる御指南という名の悪ふざけに付き合わされていた。 それに耐えたからこそ今の俺があるのかもしれない。 当時、父は会社のことで忙しく、俺を相手にしていたのは専ら母さんと、遊び相手にと礼楽さんが連れてきた朝ノ丘兄弟だった。 最初は嫌いだったな。 でも母さんが間に入って・・・ と思い耽っていれば頭がぼーっとしてきた。 ダメだ。また。 「三春ちゃん。」 呼ばれて意識がハッキリする。 「あっごめんなさい。」 「・・・まだ、治ってないんだねぇ。」 礼創さんと会わなくなったのは、あの日からだったっけ。 そこから俺のこの病気が始まったから。 いや、避けていたのだ。 母との思い出が強く残るこの人を。 「・・・はい。すみません。」 「謝ることはないよ。キミは色々背負いすぎているからねぇ。」 そうだろうか。 俺は自分に甘いだけなんじゃないかと、いつも自責する。 辛いことから逃げて、逃げて、また誰かが救ってくれるのを待ってる。 乗り越えなきゃいけないのは自分なのに。 深刻そうに顔を顰める俺に 礼創さんはゆったり笑いかける。 太陽みたいな暖かさで。 「僕は、いつかね。その痛みも一緒に抱えて、心から笑い会ってくれる、そんな人がキミの前に現れると、そう思っているよ。」 そんな日が来るのだろうか。 そんな人がいるのだろうか。 何も不安に思うことがなくて、心が安らぐ、そんな人が。 「あぁ僕には先見の明があるからねぇ。大丈夫ったら大丈夫なんだよ。」 そう言って礼創さんはドンッと胸を叩くが 思い出したことがある。 「・・・昔そんなこと言って日が落ちるまで「青い鳥」探させましたよね?」 こんな優しく声をかける人だっけと思ったが忘れてはいけない。 あの地獄のような日々を。 「チッ余計なことを思い出したな。」 「え?」 え?いま、舌打ち・・・ 「ん?なんでもないよー。チッチッチ、信じなきゃ三春ちゃん。青い鳥はいるんだよ。探せなかった君が悪い。」 さっきの笑顔はどこへやら、もう意地悪そうな顔に戻っている。 暴論だ。 あんなに必死に探したのに。 あなたの弟と。 今日は飛んでないのかねーとか言いながら俺達のおやつ食べてたのほんと許せない。 危うく絆されそうになったが、この人はこういう人だった。 更なる追撃をしようと身を乗り出すも 英志さんが立ち上がったので仕方なく身を引く。 父も同時に帰ってきたので、目線が父に向き、礼創さんがチラリと舌を出していたのは気がつかなかった。 「ご歓談の最中すまないが、そろそろ本題に入らせて頂く。」 まぁこれだけの面子集めて普通に食事して終わりのわけはない。 ・・・あ、しまった。 礼創さんと話していたらフグを食べ損ねた。 空気が変わって、皆一様に真剣な眼差しになる中、よくわかっていない俺は呑気に次はいつ食べれる機会があるか、とそんなことを考えていた。 矢先、 「これは国を揺るがす事態である。」 物騒な言葉が耳に響いた。 体が強張る。 「知っての通り、我々は共に平穏に暮らすため常に中立的な立場にある。しかし昨今新たな脅威が我々を潰しかねない勢いで迫っている。我々のバランスが崩れれば経済界は大きく乱れるであろうことが予測され、最悪の場合、それは大不況を招きかねない。」 何ですかこの急展開。 さっきの和やかな雰囲気はなんだったんだ。 英志さんは今から戦場にでも赴くのかといった形相である。 「脅威は海外の企業を引き連れている上、我々の目下の味方までを吸収しようとしているのだか、それが一番厄介だ。」 父が僅かに身動いだのが目の端に映った。 英志さんは一呼吸置いて、何故か慶誠さんに頷き、 「すでに一ツ橋は一つの企業を失っている。」 と、苦々しげに静かな声で言った。 慶誠さんの顔が歪む。 悔しそうだった。 一ツ橋公誠さんが来ていないのはそういう理由なのかもしれない。 これは、確かに大変な事態だ。 たった一つとは言えその損害は計り知れない。 「一ツ橋に限った話ではなく、園ヶ原、朝ノ丘の関係各社からもその脅威からの接触情報が上がっている。そして、我々が独自に調査したところ、コンタクトがあったどの企業もその後継ぎである子供が被害にあっていることを突き止めた。」 流れが変わった。 英志さんはぐるりと全体を見回す。 「その子供らが通うは、アカシア学園。」 なるほど、だからこの面子なのだ。 ようやく合点がいった。 触れるのがこわくて言わなかったが俺以外はみんなその制服だった。 そう、俺以外は。 「子供同士のいざこざか、教師によるものか。個人か団体か。それはまだハッキリしない。アカシア学園はどこにも属さない故に我々は介入できないからだ。学園で起きることは全て、その生徒らに委ねられている。だから君たちを呼んだ。子供だけの被害と思って甘く見るな。すでに次期後継者として機密を握っている生徒もいる。学園外は我らが総出で守る。しかし被害を抑えるためには学園内での制圧が不可欠だ。・・・よろしく頼む。」 一人の親として、経営者として、英志さんは頭を下げる。 そして確認のために一人ずつ名を呼ぶ。 「明志。」 園ヶ原明志を。 「はい。」 「伯人。」 坂崎伯人を。 「はい。」 「礼創。」 朝ノ丘礼創を。 「はい。」 「慶誠。」 一ツ橋慶誠を。 「はい。」 「亜翠。」 奈良亜翠を。 「・・・は、い。」 そこで一度区切り、英志さんは俺も見る。 学園内のことならば関係ないはずなのだが、ここまでくれば俺でもわかる。 生唾を飲み込んだ。 「眞鍋三春。君には一番苦労をかけるかもしれない。けれど君にしか出来ないことだ。」 父は皆から見えないところで俺の服を握っている。 その手が少し震えていて。 たぶん父も本意ではないのだろうと、俺は悟った。 「君には私立アカシア学園に編入してもらう。」 つまりそれは、浮いた俺と5人を繋ぐ共通点になる。 特に驚きはしなかった。 父の今までの行動にも辻褄があう。 学園で出来るだけ苦労しないようにと。 正直言えば、俺のような奴が行っても逆に邪魔にならないかと不安になる。 でも、少しでも父の、誰かの役に立ちたい。 そんな願いは、図々しいだろうか。 「・・・はい。」 俺は遠慮しがちに頷いた。 そうか、俺はついに雲の上のことだと思ってたアカシア学園に入学・・・・・・ 入学? ・・・いや、「編入」って言ってなかった? 俺の認識が正しければ、編入は一旦他の学校を辞めた上で入ることだったような。 そういえば今は2月の下旬。 私立の高校は受験は終わっているはず。 俺は滑り止めを受けなかったので行ってない。 だから入学ではない。 だから編入。 他の学校に入学し、退学してからの、編入。 転校でもなく、編入。 頭が大混乱だ。 動揺が顔に出ていたのか、俺を見ながら英志さんは考えるように唸る。 やっぱり親子だ。 所作が園ヶ原と似ている。 「・・・少し長くなる。三春、こちらへ来てくれ。皆は前に話した通り各々意見を出しあってくれ。」 通りでみんな驚いていないわけだ。 全く知らなかったのはやっぱり俺だけらしい。 俺は後継ぎでもないし、仕方ないのかも知れないが。 手招く英志さんの元へ行こうと立ち上がると 父が袖を引っ張る。 「三春。僕は何があっても君の味方だし、君を利用するようで、本当は嫌だ。・・・けれど、情けないことに僕が現時点で出来ることは限りなく少ない。」 と、唇を噛み締める。 その悔しさは何も父だけではない気がする。 ここに集まる父親達もそういう思いではないだろうか。 特に父は、兄さん二人はもう大学生だし、黙ってことの成り行きを見守るタイプでもないから。 俺しかいない。 「大人の勝手なワガママですまない。・・・三春、僕を、皆を助けてくれないか。」 そんなの断るわけないのに。 それで嫌になったりしないのに。 この人はまだ、俺がどれだけ感謝してるかわかっていない。 「俺が力になれるなら。」 そっと父の手から離れて、英志さんの方へ向かう。
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