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・・・まさか、人生において園ヶ原英志という男とマンツーマンで話すことになるとは。
昨日、中学のクラスメイト達とドッジボールしたのが物凄く遠い昔のことのようだ。
ちなみに俺は運動音痴だがドッジボールだけは得意である。
唯一の自慢。逃げ足だけは俊敏なのだ。
昨日も――――
「眞鍋三春。聞く気はあるか。」
あっ。しまった。
余りの現実感のなさに目を背けてしまった。
「は、はいっ!」
いつもより背筋が伸びる。
遠くで父が心配そうにこちらを見ていた。
大丈夫。父に頼らずとも俺は大丈夫。
「はぁ、まぁ・・・そう畏まるな。足も崩してくれて構わない。」
それは無理。
英志さんを前にして足を崩せるやつがいたらとんだ大物だ。
仕事中よりはまだピリついてはいないが威圧感がすごい。
この人が何千人という人を束ねる社長なんだ。
同じグループ内でも一生に一度話せるかという人。
そんな人が俺だけのために話してくれるなんて、贅沢だなぁ。
「うむ。どこから話そう。・・・まず、そうだな。「松方」という名前に聞き覚えは?」
眉間に寄せた皺を揉みほぐすように指で押さえながらそう言った。
松方、松方といえば三大グループに属さない、確かいま1つの一代勢力となるかもしれないと言われている・・・
「よく雑誌で取り上げられている美人女社長の・・・松方グループですか?」
父からもさわりだけしか聞いてない。恐る恐る答えてみた。
英志さんが満足そうに頷いたのでホッとする。
ちゃんと父の話を聞いていて良かった。
「その女社長、松方幸夜には弟がいてな。それがアカシア学園の理事長、雨宮鏡夜だ。」
あ、そうなんだ。
兄弟なんだ。へ~。
普通に驚きだ。
「ここからが重要なんだが、松方幸夜には溺愛している一人息子がいてな。名を松方冬夜と言うんだが。つまり理事長、雨宮鏡夜の甥に当たる。」
ほう、英志さんが言わんとしていることが何となくわかった。
「なるほど・・・わかりました。その松方冬夜が、学園で暗躍している人物なんですね。」
核心に迫る話に身を乗り出してしまう。
が英志さんはあっさりしていた。
「違う。」
違うんかい。
深刻そうな顔してるから自信あったのに。
じゃあ一体松方冬夜がなんだというのか。
わざわざ口に出して説明するくらいなんだから重要人物には違いないのに。
・・・あ、そうか。
「わかりました!学園で暗躍している人物の天敵なんですね!」
敵ではないならこちらの味方ということになる。
さっきより自信満々でまた身を乗り出すが
英志さんは苦笑い。
「違う。」
違うんかい。
くそー、答えたい。そして誉められたい。
「・・・ギブアップか?」
大人だ。
余裕の笑みで待ってくれている。
こういう年上の人って好きなんだよな。
落ち着いて物事を考えたり、自分の知らないこといっぱい知ってるし尊敬する。
だから誉められたい。そんな人に。
「ちょ、っと考えます!」
真面目に考えよう。
敵でも味方でもない。
でも絶対重要人物。
第4勢力の「松方」。
その息子。
理事長の甥。
つまり、敵でも味方でもないということは、今後どちらに転ぶかわからないということ。
1つの可能性に行きつく。
たぶん俺以外の人はこんなのすぐに行き着いた答えだろう。
自分の回転の悪さが嫌になる。
「・・・味方、にするんですか。」
「・・・敵には回せない。」
英志さんは大きく頷いた。
勢力はそりゃ大きいに越したことはない。
それはそうだ。
・・・うん。
「・・・で、何の話でしたっけ。」
思わずアホみたいな質問をしてしまった。
いやだって、松方冬夜を味方にするのと俺が編入するのと何の関係が?
「む。ではこう言えばわかるか。松方幸夜は冬夜を学園に入れたがっているが、当の本人は学園に入学するつもりがない。他の学校に入学予定だと。」
緊急事態にも関わらず、英志さんはなんだか俺が考えるのを楽しんで見ている気がするのは気のせいか。
「ん~学園に来ないとなると、味方にした所で協力できないということですよね。何とか学園に来てもらうしか・・・・・・あ。」
頭の上の電球が光った気がして、俺は手を叩いた。
英志さんは普通に笑ってた。
普段笑わない人の笑顔はとても惹き付けられる。
元から顔もいい。
俺はこういう大人になりたい。
「今度こそわかりました!そこに俺も入学して、松方冬夜を味方にし、一緒に学園の方へ行くわけですね!」
「そうだ。よくわかったな。松方冬夜は「転校」で君は退学を経ての「編入」だがな。」
「やったー・・・え、なんで!?」
思わず言ってしまった。
いやまじでなんで?
「ずっと疑問だったんですがなんで転校ではなく編入なんですか?」
そこが引っ掛かる。
「そもそもの話、あの学園に転校という制度はない。先程の言った通り冬夜は理事長の甥だ。学園がどこにも属さないとは言え、親族は別、と松方幸夜が言っていた。」
もしや、裏口入学?
そんな馬鹿な。
「だから君は冬夜と違い、編入という制度を利用して編入試験に受からなければならない。」
そんな馬鹿な。
しかし英志さんは大真面目な顔だ。
「編入試験は毎月受け付けているそうだ。だが出来るだけ早く学園に合流してほしい。」
「・・・はい。」
「・・・ちなみに。俺は雨が嫌いでね。」
あぁ。
つまり、梅雨が来る前に、松方冬夜を説得し、編入試験に合格しろということだ。
2ヶ月で?
無茶苦茶だ・・・。
英志さんは一つ咳をして、俺に向き直る。
「まぁ、断り難い立場を利用してるようで申し訳ないが。君にも拒否権はある。断った所で、君に悪影響は出ないだろう。・・・しかし松方は重要なポジションなんだ。向こうがあちらに付けば戦況はより厳しいものになるだろう。松方幸夜本人は話を聞かないし、アレは息子のことばかりだ。」
だから、と英志さんは真っ直ぐ俺の目を見る。
「これは君にしか出来ないことだ。金銭面はうちが持つ。どうか、よろしく頼む。」
元から断るつもりはないが。
チラリと見た父は、口をパクパクさせて
『きみのおもうままに。』
と言っていた。
親として、経営者として英志さんは頭を下げている。
それを俺が無下に出来ることなどあるはずがなかった。
俺は大きく頷く。
「せめて、2ヶ月は何とかなりませんか。」
「君なら出来る。」
絶対思ってない。
死ぬ気で頑張れという顔だ。
・・・ほんとに大変なことになった・・・
―――・・・
それからしばらく学園内外における対策の話し合いになって、いつの間にか参加していた慶誠さんの父親も加わり、親は親同士で、子供は子供同士で集まりが出来ていた。
俺は脱け殻のように輪の中に加わっている。
「おーい。三春ちゃん。」
隣の礼創さんが俺を揺らしてくる。
もう今はちょっと放っておいてほしいんだけど。
「・・・なんですかね。」
「携帯貸して。」
意味がわからないが考える気力がない。
一つ返事で携帯を渡す。
礼創さんは普通にポンポンと操作している。
あれ、ロックかけてなかったっけ。
「さーてと、三春ちゃんの昨晩のオカズは・・・」
バシン!!っと携帯を弾き飛ばす。
「セクハラ!!」
何しとるんじゃこの人は。
「やだなぁ冗談だよー。でもいい加減パスワード変えた方がいいよ。昔のままじゃん。」
「なんで知ってんの!?」
こわっ!
誰にも言ったことないのに。
「三春ちゃんはほんとファザコンだねぇ。雪次さんのたんじょ
「まじで黙って!!」
コイツ・・・年上とか世話になったとか知るか。
絶対パスワード変える。
「礼創、話が進まんぞ。それくらいにしてやれ。」
慶誠さんが助け船を出してくれる。
もっと言ってやれ。
「はい、三春。これ。」
伯人が俺の飛ばした携帯を持ってきてくれた。
「あ、ごめん。ありがとう。」
でなんで携帯が必要だったんだ?
という疑問はすぐに解ける。
もう入れてない人はいないのでないかと言うほど普及したメッセージアプリに
新しいグループが出来ていた。
「お、御曹司戦隊・・・!」
誰だよこんなバカみたいなネーミングセンス。
「我らは誇り高き御曹司。共に悪と戦う者。悪と戦うのはヒーローだろう。俺がつけた名に何か言いたいことでも?眞鍋。」
慶誠さんかよ。
「な、なんでもないです。いい名前ですね。」
俺は御曹司でいいのか。
ふと疑問に思ったが今さら面倒なので黙っておいた。
これからこれで情報交換するのかな。
友だちのリストに5人分が追加されている。
礼創さんのアイコンは「夕暮れの空」。
慶誠さんは「弓を引く自分」。
園ヶ原は「白い犬」。
伯人は「スタイリッシュな洋服を着た自分」。
奈良亜翠は「ギターの弦」。
俺は・・・秘密。
「ところで三春ちゃん。入学する学校、どこか聞いたの?」
礼創さんが俺を見る。
そう言えば聞いてなかったな。
いや、まず大丈夫なのか?
願書とか、諸々。
「いえ、」
「桜山田高校らしいよ。」
さらっと爆弾を落とす礼創さん。
・・・まじで。
「あの、桜山田?」
「そう。三春ちゃんち、地元じゃん。近くて良かったね。」
良かったね?良かったねですと?
「何も良くないでしょ・・・」
「無知ですまない。どういう学校なんだ?」
慶誠さんが首を捻る。
確かに地元の人間じゃないと知らないかもしれない。
でも地元じゃすごく有名だ。
「ドが付くほどの不良学校ですよ!」
松方冬夜!!なぜそんなとこに!
桜山田の治安の悪さは天下一品だ。
とても松方のご子息が行くようなところじゃない。
「知ってる?明志。この学校、名前書いただけで受かるらしいよー。三春ちゃん、全然勉強しなくていいじゃん。良かったねぇ。」
「良くない良くない良くない。」
「そんな入試に意味あるんですか?」
興味なさげに携帯を眺めてた明志がやっと顔を上げる。
人事だと思って!
「あるんじゃない、一応。名前を書くってことは入学したいって意志があるってことでしょ。」
伯人が真面目に答えている。
「ふむ。意思表示だけの入試とは。面白いな。」
「まあ世の中には高卒っていう肩書きだけでもほしい人はいるらしいからね。」
お坊ちゃん達には遠い話だろう。
一般人に近い俺ですらわからないことは多い。
だから不思議で仕方ないのだ。
松方冬夜がなぜそんな高校に行くのか。
余程の頭でも、わざわざそんなところに行く必要がない。
反骨精神だろうか。
わからない。何も。
・・・会えたら聞いてみようか。
曲がりなりにもご子息だ。
いきなり殴ってきたりはしないだろう。
・・・たぶん。
いや、それはちょっととりあえず置いておくとして。
中学の先生や友人にどう説明
しようか。
入試直前だった志望校のことも
どうするのか。
願書は間に合うのか。
そこを考えていない父ではないだろうが。
あぁ、心配事の多い夜だなぁ。
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