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桜山田高校の話
あー春だ。
今年も春が来たんだなぁ。
一面桜の花びらが広がる通学路。
桜の名前を冠するだけあって何十本もの桜が咲き乱れている。
「・・・ついにこの日がやってきたか。」
実は昨日が入学式だったのだが、入学式は思っていたより平和に終わった。
というより参加者がほとんどいなかった。
全体の半分以下だ。
その後のホームルームでも教室に居たのは俺を含め十五人。
四十人のクラスでだ。
もはやボイコットと言っても過言ではない。
そして今日が通常授業の初日である。
俺は生地の薄い学ランを適度に着崩して正門の前に立っている。
目立つことも絡まれることもしたくないので伊達眼鏡着用中である。
童顔を隠すためだ。
髪もいっそのこと染めてやろうかと思ったが父にそれだけは嫌だと言われた。
「それにしても・・・やっぱ荒れてんなぁ。」
昨日も思ったけど
落書きは勿論のこと、崩れた塀、散らかったゴミ、タバコ・・・
適当に駐車された自転車、原付、改造バイク・・・
一貫して汚いの一言に尽きる。
綺麗な桜が異質なものに見えるほどに。
正門に彫られた学校名も所々欠けていた。
「公立桜山田高等学校」。
この地域では有名な学校である。
素行の悪い、所謂不良が多い学校として。
近くに夜も賑やかな繁華街があるのも起因しているのかもしれないが、昼夜問わず争い事が絶えないらしい。
他校との抗争だとか、校内での派閥争いだとか。
不良漫画みたいな学校だ。
喧嘩や暴力がまるでダメな俺からしてみれば胃の痛い話である。
ちなみに共学ではあるが女子はいないに等しい。
当たり前だ。こんな無法地帯に女の子がまともに通えるわけはない。
俺ですら自信がない。
だから一歩を躊躇っている。
入学式の時とは雰囲気が全然違うし人も多い。
まともに制服を着ている方が間違っている気さえする。
「はぁ・・・頑張ろ。」
・・・うん。
いける。
昨日、あれだけイメトレしたし。
大丈夫と、軽く胸を叩いて正門を越える。
――――「今日は来てるのかなぁ、あいつ。」
あいつとは勿論「松方冬夜」のことだ。
昨日は全クラス見て回ったがそれらしい人物は来てなかったのだ。
父経由で写真を見せてもらったので容姿はわかる。
瞳がちょっと赤っぽくて不思議だなぁと思ったがそれ以外は特に変わったところもなくて、視覚的に言えば不良には見えなかった。
母親に猛反発していると聞いていたから不良だと身構えてただけに拍子抜けだ。
もしかしたら母親の一番嫌いな学校に入学しただけなのかも。
だったら、話し合えば何とかなる・・・か?
ポジティブに行こう。
下足ロッカー付近に着くと体に付いた桜の花びらを適度に落とす。
校舎内も汚いけどだからといって汚したくはない。
取れたのを確認してからロッカーに向かう。
ロッカーは昨日も使用したので場所は問題ない。
俺は一組だった。
ちなみに松方冬夜が二組であることは確認済み。
同じクラスじゃないのが悔やまれる。
自分の名前を見つけて靴を入れ替えると、扉を閉める・・・前に異変に気づいた。
なんか急に暗くなったような。
影が俺に覆い被さっている。
なんだ?と振り返るか振り返らないかと言うところで
俺の上に位置するロッカーが目の前で開く。
いや、普通に待ってよ。
どれだけせっかちなんだ。
そんな時間かからないのに。
本棚の前に立っていたら真後ろから目の前の本を取られたかのようだ。
パーソナルスペースは守りたい。
しかも、鞄が膝裏に当たってる。
地味に痛い。
黙ってるのも癪なので何か一言、言ってやろうと今度こそ振り返れば
至近距離に顔があった。
そうなるよな。
俺も少し待ってから振り返れば良かったのに。
向こうも驚いた顔をしている。
まぁ振り返ったものは仕方ない。
引くに引けないし。
「あのさ。そう真後ろに立たれるとビビるんだけど。あと鞄、当たってるから。」
言ってからちゃんと顔を見た。
暗めのバイオレットな髪に、耳の幾つかのピアス。
鋭い目付き。
不良じゃん。
俺、初日に不良に自分から絡んでしまったよ父さん。
『いいかい。三春。決して無茶はしないで。危ないことに首を突っ込まない。危険性を感じたら迷わず逃げて。ケガはしない。』
入学が決まってから毎日のように父から言われてた言葉だ。
今、それを自分から破ってしまった。
・・・いやでも俺は悪くないし。
「・・・。」
・・・。
無言で見られている。
なんだっていうのか。
「・・・で?」
紫男は何事もなかったかのように聞き返してくる。
そして持ってきた靴を履き替えている。
「で、って。今度から止めてほしいんだけど。」
「・・・そう。」
靴をロッカーに入れる時、また距離が詰まる。
どうでもいいが、肌が綺麗だな。
なんて悠長なことを思ってる場合じゃなかった。
バンッと勢いよく頭上でロッカーが閉められてさすがに肩が震える。
距離はまだ近い。
「お前、俺の嫌いな目してる。」
ガッと、顎を掴まれた。
近い。
「二度と話しかけないでくれ。」
は?
そう吐き捨てて紫男は俺から手を離し階段を上がっていった。
なにあいつ。なんなのあれ。
初対面で嫌いとか言う?
いや言われたことあるけども。
見た目で言われたことはない。
そりゃ人にも好き嫌いはあるだろうけどそんなハッキリ目の前で言う?
目が嫌いと言った。
俺の父と母が好きだと言ってくれたこの目を。
「・・・なんだよ。」
なんなんだよ。
普通に傷つくんだけど。
言い返せなくて、悔しくて、唇を噛みながら俺は強めにロッカーを閉めた。
周りにいた生徒がちらりと見てくるが知ったことではない。
もう絶対関わらないぞ。
あんなやつ。
階段を上がる前に一応失礼紫男の名前を見ておく。
堀田・・・あいよう?
なんて読むんだこれ。
まぁいいや。呼ぶこともない。
初日から嫌なやつに会ってしまった。
――――――階段を上がって右側にすぐ「1ー1」というプレートが見える。
二階は一年と二年の教室がある。
三年生は三階だ。
教室に入る前に二組の教室を覗く。
人は多いが松方冬夜はいない。
今日も来ないつもりだろうか。
まぁ初日だ。焦りは禁物。
用は済んだので教室に戻ろうと、扉を開けようとしたのだが。
この扉、変に曲がっていて中々開かないのだ。
「ぐっぐぐぐ・・・」
俺が非力とかではない。
しばらく格闘していると、また上から影が覆い被さる。
後ろから手が伸びてきて扉に手をかけると、俺があんなに苦戦してたのに何の抵抗もなく扉は開いた。
だから俺が非力とかではない。
「あ、ありがと。」
またしてもパーソナルスペースに侵入されたが助かったので礼は言う。
後ろを見ればまず短く刈り込まれた金髪が目に入る。
それからほとんどないに等しい眉と険しい顔。
不良じゃん。
ここの不良は距離感がないのか。
「・・・邪魔。」
金髪ベリーショートくんは鋭い目のまま、俺を肘で押すと、先に教室へ入ってしまった。
わかってたけどもうちょっと愛想がほしい。
なんだか無性に伯人と話したくなってきた。
この学校の奴らに比べたら伯人が菩薩に見える。
・・・無いものは無いよな。
行く先に闇を感じながら俺も自席に向かおうとしたがふと、足が止まる。
どうやら俺は大事なことを失念していたようだ。
初日なんてものはだいたい何でも名前順だということ。
下足ロッカーも、席も名前順だ。
俺のロッカーの上ということは、席だって俺の前に決まってる。
堀田は平然と携帯を弄りながら俺の前席に座っていた。
ついでにさっきの金髪くんは俺の後ろ。
そうだよな。
昨日、入学式の時は空席だったもんな。
不良は入学式なんか参加しないもんな。
そうなるよなぁ
どうしようもないので諦めて俺は椅子に座ることにした。
意外とホームルームは参加するんだ。
なんて思いながら。
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