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「眞鍋くん、ようやくわかったよ。君がどうしてそんなに守らなきゃいけないのか。」
ぼんやり呟いた父の言葉を坂崎伯人もまたぼんやりと聞いていた。
眞鍋不動の三男の噂は聞いていた。
当時一番大事な時期と言われていた眞鍋不動の一大スクープだったと父から聞いた。
昔から眞鍋雪次とは顔馴染みだった父からすれば少し怒っていたのだと思う。
こんな時期に何をやっているんだ、と。
会社が傾き兼ねないほどの事件だった、と。
元から眞鍋雪次の性格を知っていた父は隠し子ではないだろうとは言っていたが世間の風当たりは強かった。
伯人自身もずっと不思議だった。
何のために養子に?
けれどその疑問は今日で少しわかった気がした。
今だに頭から離れないのだ。
スッと伸びた背中、混じりけも傷みもない黒い髪、生まれたばかりの硝子のような透明感があるのに、どこか憂いを帯びた瞳。
ただ純粋に喜びだけを表したあの笑顔。
どうしたらあんなに「綺麗」な人間になる。
彼を見てしまえば汚したくないと思ってしまうのも仕方ない。
そのくらいの危うさも持ち合わせていた。
もし今度会えたなら、もう少し近づいてみようか。
もう一度、あの笑顔がみたい。
すり寄るような愛想混じりの顔ではなく、あの大輪の花のような笑顔が。
バシンッと背中を叩かれて伯人は我に帰る。
「あっ」
「大丈夫か、伯人。次行くぞ?」
すっかり父の存在を忘れていた。
ブンブンと頭を振る。
「はい。」
ぼーっとしている場合じゃない。
自分が今いるのは小さな戦場だ。
いつ誰に汚されるかわからない場所。
もし、彼がこの世界で生きていくつもりなら
きっと、綺麗なままではいられなくなるだろう。
それを少し残念に思っている自分に首を傾げながら、伯人は父の背を追った。
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