編入前の話

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少し見えた父の顔は笑っていたが、笑っていなかった。 あの顔には見覚えがある。 俺の実の親だという人に向けていた顔だ。 「この間ぶりですね、中岳さん。僕の「大事な」よく出来た「息子」に何かご用でも?」 確実に怒っている。 声がいつもより鋭い。 中岳と呼ばれた親子は父にばつの悪そうな顔をしながらも、バカなのか引くことはしなかった。 「ま、眞鍋・・・さん。いや、少し挨拶していただけですよ。一人で寂しそうにしていたものだから。君のとこの三男が表にでてくるなんて初めてじゃないか。珍しくてね、それにほら、目立つし。人を惹き付ける才能でもあるんじゃないかい。」 息子を後ろへ追いやり、小太りな父親が前へ出る。 よく喋る子豚だ。 いや、そんなかわいいもんじゃないな。 先程の息子よりは幾らかましな物言いだが それでも嫌味の塊である。 「少し呼ばれて席を離れていただけですよ。あぁ誉めていただき光栄です。この業界、目立ってこそですからね。きっとそういった「才能」があるんでしょう。自慢の息子ですから。」 背中が痒くなってきた。 こんなこと言われ慣れてない。 俺、そこまで出来た人間じゃないから。 父さんの何の役にも立たないのに。 「いやはや、自慢のと言いますがその制服・・・確か上の息子さんらは立派な学校へ行っていたようですがね。・・・やはり、「養子」だからなのかなと、周りに思われても仕方ないのでは。」 ニタリと気味の悪い笑みを浮かべている中岳父。 後ろの息子も自信ありげに胸を張っている。 胸ポケットの刺繍がなんだと言うのか。 どんな思いで、父がこの学校に入れてくれたか何も知らないくせに。 着てこなきゃよかったとは思ったが俺はこの中学が好きだ。 アットホームなクラスだったし、先生も優しかった。 誰も俺を差別しなかった。 バカにするな。 ここで学んだことは俺の一生の宝だ。 よくもまぁ本人の前でずけずけ言うもんだ。 遠慮と言うものはないのか。ないんだな。 傷ついてやるものか。 そんな話はずっと言われてたことだ。 今更。 大丈夫だ。 この偉大な父の息子になると決めた日から、俺は、 「はぁ。毎回毎回あなたはそればかりですね。養子の何が問題なんでしょう?血の違いなど何の意味があるのでしょう?ハッキリ言いましょうか。」 もう、これ以上は何も望まないと 「この眞鍋三春は二人の兄と同じく、僕の掛け替えのない息子です。成績も良く要領もいい、容姿も申し分ない。心は誰より優しく清らか、とてもよく出来た息子です。その息子を無下に扱うなら僕が許さない。三春の後ろには必ず僕がいる。それを2度と忘れるな。」 決めたのだ。 だからすごく誉められることも すごく自慢されることも 守られることも いらないのに。 優秀なんて嘘だ。 兄さんたちのように上手く出来たことは一度もない。 誰よりも不器用で、考えが浅くて 失敗ばかり。 せっかく付けてくれた家庭教師も泣かせてしまったほどだ。 なのに、父さんはどうして俺にこんなに甘いんだろう。 激甘判定だ。 どうしてか教えてよ。 知っているでしょう、あなたなら。 ねぇ・・・・・・教えてよ、母さん。 俺は誰も傷付けたくないんだ。 ふらっとして、父の背中が歪んだ。 周りのギャラリーの顔も歪む。 父さんは悪くない。 みんなわかってくれ 父さんは・・・悪くないんだよ。 自身の背中に何か当たった気がしたがそれもわからなくなる。 意識が、遠くに行ってしまったから。
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