編入前の話

7/12
前へ
/213ページ
次へ
「三春!?」 どすっと音がして振り返ると三春が目を閉じて ぐったりしていた。 ギャラリーが異様にざわざわしている。 三春が急に倒れたのもそうだが、三春を受け止めた人物の方に皆、注目しているように思う。 雪次もまさかと、目を見張る。 「そっ、園ヶ原さんとこの・・・」 先程までステージ上にいた人物が三春を受け止めていた。 園ヶ原明志(そのがはらめいし)。 本当にまだ中学生だろうかと思うくらいの圧だ。 「申し訳ない。騒ぎにしてしまっていたようだ。」 雪次は頭を下げる。 先に絡んできたのはどっちとかそう言う問題ではない。 いつもは冷静に受け流せたのに。 三春がいる手前、柄にもなく熱を上げてしまった。 そのせいで三春にも負担がかかってしまったのだろう。 顔色は悪そうには見えない。 パッと見、普通に眠っているように見える。 三春が倒れても雪次がまだ落ち着いてられるのは、これが初めてじゃなかったから。 母、つまり雪次の妻、眞鍋結(まなべゆい)を強く思い出そうとすると何故か意識がなくなるらしい。 一度病院にも行ったが原因不明。 おそらくストレスによる精神的なものだと言われた。 彼女は、結は、とても愛の深い女性で。 最初に三春が心を開いたのも結だった。 そのせいだろうか、結が倒れて救急搬送されてからというもの、三春の精神が不安定になった。 激しく強く思い出そうとしなければ大丈夫なので日常生活に支障はないが 今回は場所が悪かった。 周りは倒れた三春をどう見ただろう。 やはり可哀想な子だと、思うのだろうか。 そんな中、明志は何故かジッと三春を見ていた。 何か思案しているようにも見える。 が、さすがにあのままでは重いだろうと、三春を迎えに行こうとした雪次は足を止める。 綺麗に染め上げられたダークブラウンの髪が揺れて・・・明志が頭を下げていたからだ。 「えっちょ、明志くん!」 さすがの雪次も慌てる。 「この度はうちが招待した客が無礼を働いたようで申し訳ありません。今後、このようなことが起こらないよう善処いたします。」 雪次は首を振る。 売られた喧嘩を買った自分にも非があるし、たぶんこうなることは予想して来てしまった自分が一番悪いのだと主張しようとした、が。 周囲の人間が静かになったので雪次も声を出すことができなかった。 ここで否定しても、状況を抑えようとしてくれている明志に顔が立たない気がした。 本当に中学生だろうか彼は。 明志は三春を支えたままこうなった元凶方へ足を進める。 その感情は読み取れない。 「中岳(なかだけ)さん。」 空気と化していた中岳親子は普段より低めの声で明志に呼ばれ身震いした。 「は、はぃぃ」 先程の威勢が嘘のように 蚊の泣くような声で返事をする。 「あなた方が彼に何を言ったのかは問いません。ですが、彼も一応、私共の大事な招待客ですので、悪質な絡み方は止めてもらいたい。」 「わっ私は何も・・・息子が、息子同士の言い争いですよ、はは・・・この年頃にはよくあることでしょう。」 「ほう。では今から私もその息子さんと言い争いしましょうか?よくあることみたいなので。」 ちらりと明志が中岳息子、中岳義彦を見れば 「ひっっけけけ結構です!」 義彦は父親の影に身を潜めてしまった。 やはり園ヶ原グループに属するだけあって頭が上がらないのだろう。 明志はすでに興味も失せ、親子を見てもいなかった。 「あぁそれと、父がお呼びです。案内係が参りますのでしばらくお待ちを。」 背中を向けながらなんてこともなく言うが。 死刑宣告でも受けたかのように中岳親子は膝から崩れ落ちる。 周りは御愁傷様と言わん限りに目を背けた。 雪次は明志の元に駆け寄る。 「本当に申し訳ない。重たいだろう、三春を預かるよ。」 さすがにそのままにするわけにもいかず、そう申し出ても何故か明志は動かなかった。 「・・・確か眞鍋さんも父に呼ばれていました。同じようにここでお待ちください。その間、彼は私が責任をもって医務室に運びます。」 「えっ?あっいや・・・」 雪次が何か言う前に明志は歩き出していた。 ぐったりした三春を担いで。 そんな背中を見ながら雪次は心の中で謝罪する。 もちろん三春にも。 こんなのは自己満足だ。 自信を持ってほしかった。 兄と比べることなんてない。三春は三春で他にないものを持っている。 そして、大事な息子をこれ以上バカにされるのは我慢ならなかった。 上二人の息子ことでバカにされても自分は同じことをしただろう。 一緒だ。 一緒のように大事にしている。 それがどうも本人には伝わっていないようだが。
/213ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2771人が本棚に入れています
本棚に追加